2007-02-08

「華麗なるハリウッド衣装展」開催

華麗なるハリウッド衣装展」が3月1日より開催されます。「タイタニック」ケイト・ウィンスレットとレオナルド・ディカプリオの有名な「あのシーン」の衣装、オードリー・ヘップバーンの「マイフェアレディ」の衣装、「恋をしましょう」でマリリン・モンローが着た衣装、他にも「風と共に去りぬ」「裏窓」から「ムーランルージュ」「ラストサムライ」まで約40点の実際に映画で着用した衣装、スチール、衣装デザイン画などが展示される予定です。総合監修・米国映画テレビ衣装デザイナーズ・ギルド役員理事メアリー・ローズ(昨年開催された「マリリン・モンロー綺麗のヒミツ」展の総合監修)

3月1日〜3月13日
大丸ミュージアム・東京
(大丸東京店12階)

3月21日〜4月2日
大丸ミュージアム・神戸
(大丸神戸店9階)

DAIMARU MUSEUM
http://www.daimaru.co.jp/museum/index.html

タイタニック アルティメット・エディション マイ・フェア・レディ 特別版 ムーラン・ルージュ

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2006-11-06

衣装デザイナー_5

80年代〜

80年代になってブランドの注目度(主にメンズ)は、ますます高まり「アメリカン・ジゴロ」でリチャード・ギアが身にまとっていたのがジョルジオ・アルマーニ( GiorgioArmani )でした(「アンタッチャブル」の衣装もアルマーニによるもの)。

その後、堰を切ったかのようにミラノのデザイナーブランドの大乱立へと突入していき、ニノ・セルッティ(「プリティウーマン」)、ジャンニ・ベルサーチ、へと続いていきます。(セルッティの紳士部門から独立したアルマーニの衣装を「アメリカン・ジゴロ」で着ていたリチャード・ギアが「プリティ・ウーマン」ではセルッティを着ているのが、おもしろいですね)

プリティ・ウーマン 15周年記念特別版

勿論、メンズのブランドが注目される以前からレディスのブランドはスターに愛されていました。(参考までにクリスチャン・ディオールを衣装に用いたのはマレーネ・ディートリッヒが最初でした)

〜この時代の他のデザイナー〜
ミレーナ・カノネロ( Milena Canonero )
炎のランナー」でアカデミー衣装賞受賞。ノミネートは最近でも多数の現役デザイナー。「時計仕掛けのオレンジ」「バリー・リンドン」「ダメージ」など。2007年1月公開予定の話題作「マリー・アントワネット」も

炎のランナー

アン・ロス( Ann Roth )
マリアンの友だち」でデザイナーデビュー。「イングリッシュペイシェント」でアカデミー衣装賞受賞。「9時から5時まで」「ワーキング・ガール」など

補足1
1977年「スターウォーズ」でアカデミー衣装賞を受賞したジョン・モロは元々、軍服のデザイナーとして活躍していた変わり種。その後、1982年に「ガンジー」でも同賞を受賞している。

補足2
日本人のアカデミー衣装賞・受賞者
1953年「地獄門」和田三造
1985年「」ワダ エミ
1992年「ドラキュラ」石岡瑛子

乱

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2006-09-02

衣装デザイナー_4

60年代〜70年代初め

1961年、映画衣装の分岐点のひとつとされる「ウェストサイド物語」が公開された。(デザイナーはアイリーン・シャラフ)。ジーンズにスニーカーでアカデミー賞衣装賞を受賞した訳ですから、かつての豪奢なコスチュームからは想像もできない変化と呼べると思います。それは、ビートルズの登場ともリンクされた「エポックな出来事」だったと言えるでしょう。(ただし、50年代にジェームズ・ディーンやポール・ニューマン、マーロン・ブランドがTシャツにジーンズという姿で既に登場していた下地があった訳ですが・・)

アイリーン・シャラフ( Irene Sharaff )
アカデミー衣装賞を5回受賞

 アカデミー衣装賞受賞作
 ・巴里のアメリカ人(1951)
 ・王様と私(1956)
 ・ウエスト・サイド物語(1961)
 ・クレオパトラ(1963)
 ・バージニア・ウルフなんかこわくない(1966)

ウェスト・サイド物語 巴里のアメリカ人

1970年代に入ってメンズのデザイナーブランドが起こり始めるのと呼応するように2本の映画がアカデミー衣装賞を受賞します。(共に1920〜1930年代ルック)。一本は先に挙げたイーデス・ヘッドによる「スティング」もう一本はスコット・フィッツジェラルド原作の「華麗なるギャッツビー」。衣装はテニオ・V・オルドリッジだが、有名になったのは主役のロバート・レッドフォードが着たラルフ・ローレンの方であった。(この後もポロはウディ・アレン監督作品「アニー・ホール」、「マンハッタン」にも登場)この頃から映画の衣装デザインの中心がメンズファッションへと移行していきこの流れがしばらく続くこととなります。

スティング スペシャル・エディション 華麗なるギャツビー

〜この時代の他のデザイナー〜
セオドラ・ヴァン・ランクル( Theadora van Rankle )
俺たちに明日はない」の衣装によって60年代後半から70年代にかけての30年代ルックのレトロモード復活の立て役者といわれる。「ブリット」もこの人。

俺たちに明日はない ブリット スペシャル・エディション

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2006-07-26

衣装デザイナー_3

イーデス・ヘッド(Edeth Head)の時代
〜その他のデザイナー〜

セシル・ビートン( Cecil Beaton )
なんといっても「マイ・フェア・レディ」! ヘップバーンの大変身後の衣装は、この人。他に「恋の手ほどき」「アンナ・カレリア」など。尚、マイ・フェア・レディの撮影日誌が発刊されています。

マイ・フェア・レディ 特別版   「マイ・フェア・レディ」日記

オリー = ケリー( Orry-Kelly )
最初はワーナーブラザースの衣装デザイナーとして活躍。「カサブランカ」の衣装は、この人。イングリッド・バーグマン・登場シーンのまばゆいばかりの輝きは語りぐさとなっています。その後ビリー・ワイルダー監督のコメディ、「お熱いのがお好き」「あなただけ今晩は」など

あなただけ今晩は

ヘレン・ローズ( Helen Rose )
エリザベステーラーの「花嫁の父」「熱いトタン屋根の猫」などアカデミー衣装賞も受賞した50年代に活躍したデザイナー。グレースケリーのウェディングドレスは彼女のデザインによるもの。

花嫁の父

+ + 補足 + +
カサブランカ」といえばボギーことハンフリー・ボガードが着た、というより羽織ったトレンチコートが思い起こされます。(トレンチコートは元々第一次大戦中のイギリス陸軍が塹壕戦用に採用した軍服であり、実際にアメリカで流行し始めたのは「カサブランカ」公開後の第二次大戦後の事でした。もちろんボギーが「着崩し」たイメージが影響したことは言うまでもありません)

カサブランカ スペシャル・エディション

衣装デザイナー番外編
(ウェディング・ドレス編)

かつてスターが結婚する際には映画スタジオの衣装デザイナーがウェディングドレスのデザインを行ったりもしていました。
中でも有名なのがモナコのレーニエ大公と結婚したグレース・ケリーです。
彼女のためにウェデング・ドレスのデザインを行ったのがMGMの衣装デザイナー、ヘレン・ローズ。ドレスのレース部分には美術館から購入したアンティークレース、3mのヴェールには何千個もの真珠がちりばめられていました。同じくMGMからドレスを贈られたのがエリザベス・テーラー。(最も、この時のドレス姿は主演映画「花嫁の父」の宣伝に使われたので贈られたというべきかどうか‥?)こちらは、最初の結婚の際に。(お相手はホテル王の息子、コンラッド・ヒルトン・ジュニア←た、玉の輿‥)その後、エリザベス・テーラーは合計8回( ! )結婚(その内、リチャード・バートンと2回)って、すごいですね‥

番外の番外
オードリー・ヘップバーンの2度目の結婚の際に着たドレスはジバンシーのデザインによるピンクのミニドレス(襟や袖のデザインもかわいい)。スカーフ風の帽子(スカーフにも見えますが‥)もドレスに合っていて、おしゃれ。(こちらの写真はよく掲載されているのでご覧になった方も多いのでは‥?)。下記のポートレート集は参考(掲載されていた写真集が品切れのため)

アルバム オードリー・ヘップバーン

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2006-07-02

衣装デザイナー_2

イーデス・ヘッド(Edeth Head)の時代

1938年、映画衣装と言えば、この人。
イーデス・ヘッド(イデス・ヘッド)がチーフデザイナーとして登場する。(それまでチーフデザイナーは総て男性が占めていた中、1927年からデザイナーとして下積みを積んだ後、先のトラヴィス・バントンの後継者としてパラマウント映画の衣装チーフデザイナーとなる)約60年に及ぶキャリアの中で関わった作品は1000本を超え、まさにハリウッドの衣装デザインの天才と呼ぶにふさわしく、ありとあらゆるジャンルの衣装を手がけた。

中でもオードリーヘップバーンとグレース・ケリーの衣装デザインは特に有名です。「麗しのサブリナ」でのサブリナパンツは世界中で大流行しました。(尚、「麗しのサブリナ」「ティファニーで朝食を」のドレスはヘップバーンお気に入りのクチュリェ、ジバンシーの手によるもの)「ローマの休日」にせよ「麗しのサブリナ」にせよ、ヘップバーンのカジュアルな衣装部分のチャーミングさはイーデス・ヘッドによってクリエイトされたと言っても過言ではありません。

ローマの休日 製作50周年記念 デジタル・ニューマスター版 (初回生産限定版) 麗しのサブリナ

グレース・ケリーの衣装は"クールビューティー"と形容されていた通り、とても優雅なものが多かったのが特徴です。「ダイヤルMを廻せ!」「裏窓」「泥棒成金」などヒッチコック監督ご指名で衣装を担当しました。

ダイヤルMを廻せ! 特別版 泥棒成金 スペシャル・コレクターズ・エディション

また、「スティング」で初めて男性の衣装をデザインしアカデミー衣装賞を受賞している。(1930年代の衣装が粋でかっこいいです。映画も抜群の出来なので未見の方、オススメです)

スティング スペシャル・エディション

イーデス・ヘッド(Edeth Head )
アカデミー衣装賞を8回受賞
(ノミネートは34回)

 アカデミー衣装賞受賞作
 ・女相続人(1949)
 ・イヴの総て(1950・白黒)
 ・サムソンとデリラ(1950・カラー)
 ・陽のあたる場所(1951)
 ・ローマの休日(1953)
 ・麗しのサブリナ(1954)
 ・よろめき珍道中(1960)
 ・スティング(1973)
 (1948年から1966年まで衣装デザイン賞は白黒部門とカラー部門の2部門に分かれていた)。他にも「シェーン」「サンセット大通り」「レディ・イヴ」など

サンセット大通り スペシャル・コレクターズ・エディション

付記
作家の小林信彦さんがオードリー・ヘップバーンとグレース・ケリーともに共演者はオジサンばかり。と、書いていました。なるほど、そういえばそうなんですよね。

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2006-06-24

衣装デザイナー_1

「イントレランス」〜「風と共に去りぬ」まで

ハリウッドでの衣装といっても映画が作られた最初の頃(1910〜)は、主に監督が買ってきたものや女優の自前の服で間に合わされていました。正式に衣装デザイナーが起用されたのはD・Wグリフィス監督・1916年「イントレランス」からだと言われています。(デザイナーはクレアウエスト。1916年は日本だと大正15年!!ウエストはその後、セシル・B・デミルスタジオの専属となりセクシーで贅沢な衣装を多く制作した)

イントレランス


1920年代に入るとメジャースタジオが多く誕生し、スターシステムを支えるためのコスチュームデザイナーが脚光を浴びるようになってきました。(MGM、ワーナーブラザース、コロンビア等が1920年代に創立された。スターシステムは人気スターを自社に確保するために契約期間内は他社の映画に出演できないようにするところから採用されていた。このスターシステムは1948年、独占禁止法の施行により禁止されるまで続いた)。
とにかく一人のスターに対して監督、撮影、照明そしてコスチュームデザイナーと、すべての才能が集結してイメージを高揚させていく訳ですから、いかに、このスターシステムが強力なものだったのかが伺えると思います。
例えばグレタ・ガルボにはエイドリアン、マレーネ・ディートリッヒにはトラヴィス・バントンという、どちらもハリウッドの衣装デザイナーとして歴史に名を残す二人がそれぞれ担当していました。

エイドリアン(Adrian )
MGM映画のチーフデザイナー。エイドリアンの衣装は当時、独創性豊でありえないぐらいの豪華さや完璧主義で彩られていたため史実よりはファンタジー性が強いものだった。ガルボの神秘性もエイドリアンが高めたもの。
「椿姫」「ニノチカ」「クリスチナ女王」など

ニノチカ 椿姫 特別版 クリスチナ女王

トラヴィス・バントン(Travis Banton )
パラマウント映画の衣装チーフデザイナー。アメリカに渡ってからのディートリッヒの衣装全てを担当する。「モロッコ」「上海特急」「天使」など

そして、
映画史上に名を残す名作「風と共に去りぬ」の衣装デザイナーといえばウォルター・プランケットです。元々はキャサリンヘップバーンに口説き落とされ専属のデザイナーとなり彼女のイメージを形作ったと言われています。史実に忠実に作られたコスチュームは先のエイドリアンとは対局を成すものでした。
「風と共に去りぬ」でヴィヴィアン・リー演ずるスカーレットの着たドレスの数々は本当に素晴らしいものでした。

 ウォルター・プランケット(Walter Plunkett )
「風と共に去りぬ」「若草物語」「雨に唄えば」など

 雨に唄えば 50周年記念版 スペシャル・エディション 風と共に去りぬ


衣装デザイナー・シリーズ再構成について
「COLOR of CINEMA・メルマガ版」の方で以前「衣装デザイナーの歴史」を掲載しましたが、バックナンバーを最新号のみ表示に変更した事に伴って、補足を含めてシリーズで再構成。(概ね年代順に、左サイド・カテゴリー「衣装デザイナー」の項目にまとめていきます)

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2006-05-27

映画・TVの衣装デザイン博物館

TV東京系の映画情報番組「Cinema通信」で「マリー・アントワネット」の紹介の際に衣装のミレーナ・カノネロについて触れていましたが、関連情報でFIDM(Fashion Institute of Design & Merchandising: California Schools Colleges Degree Programs)のレポートを行っていました(卒業生が多数、衣装デザインの仕事に就いているそうです)。そのFIDM、4月末までFIDM Museum&Galleries(こちらの博物館では18世紀から現在までの1万以上の衣装、アクセサリー、織物をコレクション)で開催していた「Motion Picture Costume Design Exhibition」で「SAYURI」「コープス・ブライド」「チャーリーとチョコレート工場」「Mr&Mrsスミス」等、24のフィルムから100点以上の衣装が展示されていました。次回は7月10日より「TVの服飾デザイン」を開催(2005-2006エミー賞受賞の衣装他100点以上の衣装を展示)。

FIDM (英文)
http://www.fidm.com/
左サイドにFIDM Museum&Galleriesへのリンクが有ります。

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