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2010-07-25

タイトルデザイン_18・エアベンダー・PictureMill

『シックス・センス』『サイン』『ヴィレッジ』のM・ナイト・シャマラン監督の新機軸『エアベンダー』。全米公開時の不評を聞いていたが、結構楽しめた(原作を知っているか知らないかの差?)。
物語・気、水、土、火の4つの王国が均衡を保つ世界。火の王国の反乱によりバランスが崩れ戦争状態に。そこに気の王国の生き残りであり世界から姿を消したと言われていた四つのエレメント全てを操る(アバター)とされる“エアベンダー”、アン(ノア・リンガー)があらわれる。しかし、彼はまだ“気”のみしか操れず、水の国のタカラと兄サカらと全てを習得する事を目指す。

主人公アン役に新星ノア・リンガー、もう一人の物語の軸とも呼べる火の国の王子ズーコにデヴ・パテル(どこかで見た顔だなぁ、と思ったら『スラムドッグ$ミリオネア』のあの少年でした)

MEMO
最初に第一章と出たのでチャプター仕様で物語が進むのかと思いきや、第二章がなかなか出てこない、で、エンディングって…、今作がまるまる第一章ということは最初から続編ありき?確かに、これから面白くなりそうな気が!

エンドタイトルシークエンスなどを製作したPictureMill。「ナイトミュージアム2」「パニックルーム」「ドリームガールズ」「アイロボット」「宇宙戦争」などのタイトルデザインも製作。最初にスゴイ、タイトルデザインだなぁと思ったのが「パニックルーム」の建物のパースに合わせて浮かぶキャストなどのクレジットでした。
あ、あの「ハングオーバー!」の爆笑エンドクレジットシークエンスもPictureMill。

PictureMill( 英文 )
http://www.picturemill.com/
※「エアベンダー」のエンドタイトルシークエンスを見る事ができます。上記の作品もほとんどの動画が見られます。
(QuickTime Playerが必要)
注・鑑賞後の「お楽しみ」としてご覧下さい。
※蛇足
(凝ったFlash多様のPictureMill_Webだったがシンプルな構造に変わっていた)

エアベンダー公式サイト
http://www.airbender.jp/

Air_1

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2010-07-18

『インセプション』 Non, je ne regrette rien

注・内容に著しく触れています。なお、映画の特性上パンフや批評はまったく読まないで、このブログを書いています。何かを見たり読むことによって『インセプション』の捉え方をインセプションされることになりますから。もし、未見の場合は何も見ないで、読まないで本編を見ることをオススメします。どう捉えてもいいじゃないでしょうか。映画そのものが夢で、また、夢自体が映画なのですから。

物語・人の夢(潜在意識)に侵入し他人のアイデアを盗む。コブ(レオナルド・ディカプリオ)はそのプロフェッショナル。しかし彼は妻であったモル(マリオン・コティヤール)を亡くした上に国際指名手配をうけて子供たちのいる家にも戻れないでいた。そこにサイトー(渡辺謙)と名乗る男が自分のライバル企業の跡取り息子ロバート・フィッシャー(キリアン・マーフィ)の夢にインセプションを行ってほしいと依頼してくる。見返りはコブの国際指名手配の取り消し、自由の身だ。コブはチームを集め始める。(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット、エレン・ペイジ他)
ルーカスハースが最初のメンバーのひとりに!(ビックリ)
クリストファー・ノーラン
脚本・監督

夢の中の夢。何層にも重なる夢のレイヤー。共同で創り上げる夢。コブの罪の意識が反映される事によって微妙なブレ、モルの出現。トラウマを利用してのフィッシャーへの(気付かれないように、さも自分の判断と思わせるように深い階層で)インセプション。夢のなかではトーテム(ベーゴマのようなもの?人それぞれサイコロだったりチェスの駒だったり…。しかし、他の人使ってないぞ?)は回り続ける。それが現実世界と夢との判断基準。また、それぞれの層で時間も変わる。上の層ほどゆっくり進む(正確には下の階層を実時間とすると上の階層の時間は長い)。その各層でのタイミングを合わせてのキック(蹴り)、いわゆる目覚め。クライマックスでの三層同時進行のサスペンスの面白さ。キックの合図は音楽。ピアフの「水に流して(Non, je ne regrette rien)」。コティヤールの起用は偶然?意図的?壊れる夢の世界(「設計士」の創りあげた世界)に反響音的に響く音楽。ハンス・ジマーの音的仕掛け。(なんといっても『ダークナイト』でジョーカーが現れる際に流れる音を9000種類用意した音楽家ですから…)。エンドクレジット最後に聞こえる「水に流して(Non, je ne regrette rien)」と多重な音の重なり、崩壊音。

「家に帰る」コブの台詞。結局、最初から最後までコブは「家に帰る」こと、だけを望み続ける。何故、望み続けるのか。振り返らないままの子供たち。さて、これは誰の夢なのか?そもそも子供たちはいたのか?映画、冒頭のシーンはラスト数分のシーンと繋がる。成功したかに見えたインセプション。実際行動でコブは夢の第3階層に留まり「必ず戻る」と告げる。しかし…。あれ?戻ったのか?トーテムは…

Ince_1

こんな妄想もしてみる。全てはモルの虚無世界。

Non, je ne regrette rien
水に流して~

Non, rien de rien
Non, je ne regrette rien
Ni le bien qu'on m'a fait
Ni le mal Tout ca m'est bien egal
Non, rien de rien
Non,je ne regrette rien
C'est paye, balaye oublie
Je me fous du passe

Avec mes souvenirs
J'ai allume le feu
Mes chagrins, mes plaisirs
Je n' ai plus besoin d'eux
Balaye mes amours
Avec leurs tremolos
Balaye pour toujours
Je repars a zero

Car ma vie, car mes joies
Aujourd' hui, ca commence avec toi.....

いいえ、ぜんぜん
いいえ、私は何も後悔してない
私に人がしたよいことも
悪いことも
何もかも、私にとってはどうでもいい

~略

私の人生も、私の喜びも
今は、あなたといっしょに始まる

インセプション
http://wwws.warnerbros.co.jp/inception/mainsite/

※このブログ記事は筆者の夢の第2、3階層に変化がある度、書き換えられます。(ここで反響音)

※インセプションの本来の訳は「初め,発端」という意味だが、ここでは字幕にあわせて「植え付ける、植えこむ」の意で書いています。
台詞「はじめにアイデアという種が芽生える」「それは、やがて…」

Ince_2

インセプション

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2010-07-14

『ぼくのエリ 200歳の少女』

注・内容(ネタバレ)、ラストに触れています。
鑑賞後にお読みください。

スウェーデンのスティーヴン・キングこと、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストのベストセラー小説『モールス』を映画化した『ぼくのエリ 200歳の少女』。監督はトーマス・アルフレッドソン。ハリウッドでリメイク(今秋全米公開予定)。

物語・周囲を雪深い森で囲まれたストックホルム郊外。12歳の少年オスカー(カーレ・ヘーデブラント)は、学校で同級生のいじめにあっていた。そんなオスカーがある晩、アパートの隣の部屋に引っ越して来たエリ(リーナ・レアンデション)という少女と出会う。エリに惹かれていくオスカーだが彼女は夜にしか姿を見せない、知れば知るほど謎が深まる少女だった。その頃、時同じくして青年が逆さづりにされてノドを切り裂かれ、血を抜き取られるという残忍な殺人事件が起きる。

原作を読んでから見た場合と原作を読まずに見た場合、原作を読まずに映画だけ見た場合で印象が、まったく違ってみえる可能性大。まずエリと暮らすホーカス(実は血の採集者)。親なのか使用人なのか、特別な関係なのか、はっきりした描かれ方をしていないが原作ではかなり驚いた事実がある。この部分は映画ではバッサリとカットしていて(判りにくくなってはいるが)、オスカーとエリだけに物語の軸が置かれて逆によかったと思える。

この惹かれ合う孤独な存在としてのふたり。オスカーとエリ。ジャングルジムでの出会い。ルーックキューブ。そっとふれる手。モールス信号。忍びこむエリ。オスカーの背中越しに指を這わせる。したたり落ちるオスカーの血。せつなさと危うさ。美しいシーンがストックホルム郊外の風景とも相まって紡ぎだされる。
ヴァンパイア譚としての脇のエピソードも素晴らしい。もちろん、いじめっ子への決着としての(ここまでやるか)プールのシーンも。

Osk

※問題のシーン
血の味のファースト・キスのあと、エリが血まみれになった服(白い服)を着替えているのをオスカーがドア越しに覗いたときにエリの言っていた意味がわかる。一瞬映るエリの下半身(縫合された…)→オスカーに借りた母の洋服が上からかぶさる→ハッとするオスカー。(この大事なシーンでボカシが入るのは映画全体の意味を変えてしまうかも…)※友人の持っている輸入盤で確認。

ラスト、電車に乗って立ち去っていくオスカーとエリ(太陽に当たらないように箱に入っている)。楽しそうにモールス信号を送りあう。実は、この後のことを考えるとエリは年を取らないがオスカーは普通の人間だ。ホーカスのような道をたどるのか、ヴァンパイアとなるのか…、そんなことまで考えさせられる余白を多く持った映画だ。
しかし、それにしても…驚いた…。今、この文章を読み返して受ける印象と映像の印象が、まったく違うのだ。まさに映画なのだ…

追記(MEMO)
twitterでもツイートしましたが再掲。
『借りぐらしのアリエッティ』が「トーマの心臓」、『ぼくのエリ 200歳の少女』が「ポーの一族」と奇しくも萩尾望都さんの作品を思い出すという事に、ふと気付く。「トーマの心臓」については宮崎駿監督がインタビューで言及していました。

ぼくのエリ 200歳の少女
http://www.bokueli.com/

Eli

MORSE〈上〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

MORSE〈下〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

Let the Right One In

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2010-07-12

『借りぐらしのアリエッティ』宮崎駿脚本、米林宏昌監督

注・内容、少しラストに触れています。
主題歌を歌うセシル・コルベルのミニライヴ、監督らの舞台挨拶付き試写会(7月2日大阪)で『借りぐらしのアリエッティ』(脚本・宮崎駿、監督・米林宏昌)を見た。

ぼくは、あの年の夏、
母の育った古い屋敷で
一週間だけ過ごした。
そこでぼくは
母の言っていた小人の少女に
出会ったー
人間に見られてはいけない
それが床下の小人たちの掟だった。
(フライヤー、コピーより)


物語・床下で暮らす小人、14歳の少女アリエッティ(志田未来)とその家族(父・ポッド=三浦友和、母・ホミリー=大竹しのぶ)は床上の屋敷の住人(貞子=竹下景子、ハル=樹木希林)から水や食べ物やティッシュや角砂糖を気づかれないほどの量を少しずつ借りて生活していた。そんなある日、病気療養のため12歳の少年、翔(神木隆之介)が屋敷へやってくる。

最初は小人たちの暮らしぶり、続いて翔とアリエッティが出会ってからは二人を軸に(志田未来、神木隆之介のふたりのボイスキャストの上手さ)、最後はお手伝いさんのハルさんに見つかってしまってからの展開と大凡3パートで構成されている。若干、最後のパートが悪者(一概には言えないとして)をハルさん一人に負わせてしまって物語の引力が弱くなるが全体的に夏のそよ風のような佳品といった趣でいいなぁ。小人が主人公だけに、あるもの全てが巨大。地下から一階へ移動するのも大冒険(狩り=借り?、とよんでいる)。テーブルからの昇り降りもひと仕事。ティッシュペーパーを引っ張り出すのも合図を送って二人がかり。聞こえてくる音も大きい(本当はもっと大きく聞こえているかもしれない)。寝ている翔に見つかった時の「怖がらなくていいよ」も、そんな大きな音として響く(この時のティッシュペーパー越しにシルエットになるアリエッティの描写、好きだなぁ。ときめきとはじらいとほんの少しのなまめかしさと)。少しずつ心通わせていく翔とアリエッティ(途中、残酷なフレーズをはさみつつ)、そして新しい借りぐらしの地へ移らざるをえなくなるアリエッティとの別れ(翔の指にアリエッティのおでこ、そしてポロポロ涙を落としながら立ち去る、の流れもよかった)。

Karigurashi

MEMO1
冒頭、アリエッティがハーブを頭に乗せて家まで走っていくシーンの動きはポニョが荒れた海の波の上を走るシーンと被る。この足の動きやスカートのふくらませ方はジブリ的伝統?
宮崎駿監督がインタビューで翔とアリエッティ、ふたりの描き方について「トーマの心臓」(なるほど!禁断の愛!!)の事を引き合いに出していました。

MEMO2
セシル・コルベルのミニライヴはカラオケではなくチェロ、バイオリン、アコースティックギターなどの6人編成のバンドと本人のケルティックハープを加えての本格的なものでした。曲目はオープニングに使われている『荒れた庭 The Neglected Garden』と主題歌『Arrietty's Song 』。生のハープの音とコルベルさんの声の響き、美しかった。

MEMO3
借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展
2010年7月17日より、スタジオジブリの新作映画『借りぐらしのアリエッティ』と同日公開される展覧会『借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展』。『キル・ビルVol.1』『ザ・マジックアワー』など多数の話題作を手がけ、今最も注目される映画美術監督・種田陽平が、東京都現代美術館の1200㎡を超える展示室に『借りぐらしのアリエッティ』の巨大なセットを創ります。(プレスより)

追記(2011_06_15)
現在、愛媛県美術館で巡回展が行われています(2011年6月12日まで)。その後7月より兵庫県立美術館に巡回。

借りぐらしのアリエッティ 公式サイト
http://www.karigurashi.jp/index.html

借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展
http://www.ntv.co.jp/karigurashi/

東京都現代美術館
http://www.mot-art-museum.jp/

Taneda

[「アリエッティ」の洗濯ばさみ付]借りぐらしのアリエッティ [Blu-ray]

[「アリエッティ」の洗濯ばさみ付]借りぐらしのアリエッティ [DVD]


Arrietty's Song(借りぐらしのアリエッティ・主題歌)

借りぐらしのアリエッティ サウンドトラック

SongBooK vol.2(国内盤限定ボーナストラック収録)

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2010-07-03

ケ・セラ・セラ 『あの夏の子供たち』

あの夏の子供たち物語・独立系映画のプロデューサー、グレゴワール(ルイ=ドー・ド・ランクザン)。彼には妻のシルヴィア(キアラ・カゼッリ)と3人の娘たち(クレマンス、ヴァランティーヌ、ビリー)がいて、多忙な中(携帯に電話かかりっぱなし)でも週末はパリ近郊の別荘で幸せなひとときを過ごしていた。しかし経営する製作会社ムーン・フィルムが多額の負債を抱え、撮影中の映画やすら完成の目処が立たない苦境に追い込まれたある日、用意した銃で自ら命を絶つ。遺された妻と娘たちは悲しみの中、父親の頓挫した映画の企画や撮影を制作続行できないものかと試みてみるのだが…。

子供たちの生き生きとした姿。父グレゴワールとの戯れ。娘を抱き抱えながら庭に植えたハーブのことを聞くグレゴワール。テレビレポータの真似をしてみせる次女と三女の寸劇。家族で歩く川のほとり。白い水に浮かぶ次女(白い水はトスカーナ地方の温泉だそうです)。水遊び。
前半の幸せな家族たちと並行して描かれるグレゴワールの過酷なまでの多忙さ(特に精神的に)。そしてグレゴワールの死。反転して家族が知る父の仕事のこと。そして隠されていた秘密。普通なら重たくなりがちな展開だが前半の丹念なエピソードの積み重ねと全体を覆う透明なトーンのせいか後味含め清廉さのある品格ある秀作。
ラスト、パリを立ち去ってゆく家族に音楽がかぶさる。
♪ケ・セラ・セラ

MEMO1
監督・脚本のミア・ハンセン=ラブはオリヴィエ・アサイヤス監督の映画で女優デビュー後、映画誌カイエ・デュ・シネマで批評活動、そして映画監督へという少し変わった経歴。

MEMO2
長女クレマンスを演じたアリス・ド・ランクザンの父親はルイ=ドー・ド・ランクザン←劇中の父親グレゴワール。実の親子だったのてすね~

あの夏の子供たち
http://www.anonatsu.jp/

Anonatsu

Anonatsu2

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2010-07-02

タイトルデザイン_17・ザ・ウォーカー・Prologue Films

注・ネタバレ、内容に触れています。
物語・世界崩壊後の近未来。世界に一冊だけ残された本を運び西へ向かう男イーライ(デンゼル・ワシントン)。そして同じく本を探す男カーネギー(ゲイリー・オールドマン)。果たして、その本には何が描かれているのか。何故イーライは本を運ぶのか…。

ザ・ウォーカー』原題は「The Book of ELI」。イーライの本。The Bookと本のことを規定している原題で少しネタばれ(「イーライの本」というよりは「イーライが本」)してしまうが、この映画全体の世界観は嫌いではない。最初の陸橋下での殺陣(そう、まさしく殺陣)のシーンでわざと陸橋の下の暗いところに入り込むイーライ。この時点ではさすがにイーライの眼のことは(しかし、ホントにそうなのか!?)気付かなかった。ラスト近く、イーライの眼へのズームアップショットと本の記載方法の意味が一致する。

監督はヒューズ兄弟(アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ)

MEMO1
彩度を落としたハイコントラスト画像パープル系のレンズフィルターをかけた映像。それはラスト手前まで一貫している。最後のアルカトラズ島は幾分、暖色系に戻していてイーライの旅の終わりと目的の完結を感じさせる。

MEMO2
最後のアルカトラズ刑務所が印刷所とライブラリーを兼ね備えた場所になっていたアイデアは面白い。やはり、グーテンベルクではないが「印刷」なのである。「iPad of ELI」では意味、違いますものね。iPodは出てきましたが…。

MEMO3
TitleDesignを制作しているのはPrologue Films。ホームページ(英語サイト)で今まで制作してきたタイトルシークエンス、エンドタイトルなどが紹介されています。左側に原題で出ています。もちろん「ザ・ウォーカー」原題表記→「Book of ELI」も。鑑賞後のお楽しみとして御覧下さい。※要 QuickTimePlayer
しかし、今年紹介した映画中3本のタイトルシークェンス制作がPrologue Filmsってスゴイ。

Prologue Films (英文)
http://prologue.com/

ザ・ウォーカー
http://www.thewalker.jp/


Eli

ザ・ウォーカー (角川文庫)

Book of Eli

Book of Eli [Analog]

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