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2012-01-29

クリント・イーストウッド監督『J・エドガー』(J. Edgar)

注・内容、台詞に触れています。
クリント・イーストウッド
監督『J・エドガー』(J. Edgar)
脚本はダスティン・ランス・ブラック(ガス・ヴァン・サント監督「ミルク」でアカデミー賞脚本賞受賞)

物語・FBI初代長官としてアメリカの秘密を握ってきた男、J・エドガー・フーバー(レオナルド・ディカプリオ)。彼は自分の業績を回顧録に残そうと考え、自らのキャリアについて語り始める。1919年、当時の司法長官の家が爆弾テロ事件の捜査で注目された彼は、FBIの前身である司法省捜査局の長官代行となる。独善的な彼には批判も多かったが、彼は成果を挙げ続けた。そんな彼を支えたのは、生涯彼の右腕であったトルソン副長官(アーミー・ハマー)と秘書のヘレン(ナオミ・ワッツ)、そして母親のアニー(ジュディ・デンチ)だった。(グレー部分、goo映画より抜粋)

J_edgar

Memo1
「チェンジリング」と同じくSaturation(彩度)を落とした映像。撮影はトム・スターン。このテイストはモノクロではないニュース映像的既視感を感じる。時系列に語られない物語は観客にConfusionを起こさせるが、それはまたフーバー=エドガーの混乱でもある(実際、彼は混乱しているわけではなく誰も信用できない極度の過剰防衛故の複雑な性格になっている、もしくはなった)
母親とトルソン、(そしてヘレンも)だけがフーバーの事を「エドガー」と呼んでいる。(唯一信用していたふたりだが、このふたりが混乱の原因のひとつともいえる)
ナオミ・ワッツが演じた秘書のヘレン・ガンディ。何故、彼女は最後まで秘書で在り続けたのか…(おそらく以下のシーンに要因の一つが?)
過激派対策課の室長になった直後、彼女に結婚を申し込むフーバー。国会図書館でキスをしようとするところを避けて「勘違いなさらないでください」「ミス、ガンディ、そんなつもりでは」(フーバーはプロホーズのつもりのようだ)
そして「結婚には興味がないので」と断られる。
(しかし個人秘書については引き受ける)
小道具としてのハンカチ。握手の度にハンカチで手を拭くフーバー。トルソンと出会った時(面接時)、窓に置き忘れたハンカチをすっと渡される。

Memo2
いろいろな(キーポイントとなる)台詞
・司法省捜査局の局長代行になって直ぐのフーバーの台詞
「情報は力だ」
(早くからこのことに気づいている)
・アーミー・ハマー演ずるトルソンがフーバーに片腕になってくれと頼まれたときに出した条件。
「いかなる時も昼食を共にすること」
(これはまるで結婚の条件のように聞こえる。後々、ラストまで二人で食事をするシーンが本当に多く登場する、まさに公私共にパートナーであったといわれるふたりだ)
・ラスト近く
同じトルソンが(キング牧師への不信感をあらわにする)フーバーに
「もう何が真実かわからなくなっているんだ」

Memo3
衣装デザインはデボラ・ホッパー
約60年間に及ぶ時代を捉えた衣装の数々が。特にフーバーとトムソンのメンズワードローブ(トムソンと出会った後、フーバーのファッションセンスが変わっていくことにも注目)、そしてヘレン・ガンディのファッションとメイク。
さすがワーナーの配給ということでジェームス・キャグニーの映画シーン(「民衆の敵」や「Gメン」)が登場。
ジンジャー・ロジャース(Jamie LaBarber)の母親役で少しだけ(懐かしい)リー・トンプソン(Lea Thompson)が出演しています。
パンフレット表紙は「J・エドガー」の文字はなくポスターにも用いられている英文筆記体「J. Edgar」のみ。1ページ捲ると星条旗版ポスターのフーバーの顔が。

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2012-01-23

フランシス・フォード・コッポラ監督『テトロ 過去を殺した男』(Tetro)

注・内容、ラストシーンに触れています。
フランシス・フォード・コッポラ監督

テトロ』原題 : Tetro

2008年にブエノスアイレス、パタゴニア、スペインで撮影
2009年カンヌ国際映画祭監督週間オープニング作品として上映
日本では2010年第7回ラテンビート映画祭で上映。コッポラ作品にして(まさかの)DVDスルーかと思われた2012年1月に無事公開されました。

物語・長い間、音信不通だった兄がブエノスアイレスで暮らしているのを知った17歳のベニー(
アルデン・エーレンライク)。ベニーは、兄・アンジー(ヴィンセント・ギャロ)の家を訪れることを決めた。しかし、久しぶりに会った兄アンジーは自分をテトロと呼べと命じた。さらに、周りにはベニーを友人と紹介して…。(オレンジ色部分、goo映画より抜粋)

Tetro_1

Memo1
デジタル、フィルム、白黒、カラー、画面サイズ、ロングショット、クローズアップ、演劇、映画、バレエ、言語、ロケ地… 様々な事柄が渾然一体となって押し寄せてくる。編集の妙、ディティールの集積。光と影。もう、これ久々に映画酔した!
本編もフィックスで撮られた絵画レベルの映像にウォルター・マーチの編集と、もうホントに目のご馳走オンパレードでした。
明滅する光。山麓の雪が反射された光、ヘッドライト、テレビカメラクルーのライト。数多くの光の束がデジタル撮影(デジタル上映)によって強烈なコントラストを生む。
物語はカンヌでの初公開時から語られてきたとおり、(父親、カーマインコッポラを連想する)作曲家の父とのオィデプス王の逆転写的様相を帯びている。そのドラマツルギーを支えるヴィンセント・ギャロ、アルデン・エーレンライクら演技陣も素晴らしい。
ラスト
出生の秘密(兄ではなく父親であったこと)を知り道路に出て車の方向へフラフラ歩き出すベニー。ヘッドライトの光に一瞬よろめく。
後ろから目を塞ぐテトロ
「光を見るな」
そして「THE END」
前作『コッポラの胡蝶の夢』もそうでしたが長いエンドクレジットはなく、シンプルに(ハリウッドの伝統的なスタイル)「THE END」で幕を閉じる
様々なスタイルを実験的に繰り返すコッポラ監督だが本作をもって、そろそろ終りにしたいと前作公開時のインタビューで答えていました。
(以下「Esquire・2008年10月号」より蓮實重彦氏によるコッポラ監督電話取材記事より抜粋)
「映画のスタイルは、作品のテーマを表現すべきものだと信じています。そしてスタイルはテーマに対し完璧なものであるべきだと。それで毎回作品のテーマに最も合うと思われる撮り方をしてきました。しかし私も歳を取ってきましたので、今回の作品と次回作(「テトロ」のこと)を作ってみて、そろそろスタイルに関する実験的なことはやめて、今後は私が今まで試みてきた中で最も好きなスタイルを使って作品を撮っていくべきではないかと考え始めました。」(この後、小津監督もそうであったこと等が語られる)

Memo2
Tetro Film
(YouTubeリンクですがアップされた日付から察するに半オフィシャルと思われるので記載しました) → 予告編、メイキング(バレエシーンのメイキング映像も)、インタビュー、冒頭3分間のシーン(美しいタイトルバックも)見ることが出来ます。
http://www.youtube.com/user/TetroFilm

Tetro_2

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ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『灼熱の魂』

注・内容、結末に触れています。
レバノン出身の劇作家ワジディ・ムアワッドの原作をドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化した『灼熱の魂』。出演はルブナ・アザバル、レミー・ジラール。

物語・自らのルーツを語る事はおろか我が子にすら心を開く事もなく急逝した中東系カナダ人女性ナワル・マルワン。故郷を追われた若き日の誓いを知る者は誰もいない。双子のジャンヌとシモンに母ナワルが託した2通の手紙。宛先は死んだはずの父と存在すら知らなかった兄。彼らを捜し出して手紙を渡す事が姉弟への遺言だった。母の真意を計りかね戸惑うシモンを残し、ジャンヌはひとり母の祖国へ旅立つ。(Brown部分、goo映画より抜粋)

Incendies

Memo1
何も予備知識無しで見た場合とプロットを読んで見た場合、印象変わるだろうなぁ…。去年の「彼女が消えた浜辺」もそうでした。はたして母は何を思って、このような遺言を残したのか…、そして父と兄の行方は?何故母は過去を語らなかったのか…?
ミステリーの骨格を保ちながら物語は真実を暴いていく。
(観客は)その過程をジャンヌ、シモンと共に旅の帰結に知る。父は兄でもあったのだ…。(宗教の違いから離れ離れになった母・ナワルの息子、探し続け、もはや亡くなったと思い込み転向後復讐を遂げ牢獄へ。そこで「歌う女」と呼ばれていたこと。送り込まれてきた拷問人が実は息子であったこと。そこで生まれたのがジャンヌ、シモンであったこと)
現在と過去のシーン。(ロングショットや同一場所と思わせたり)繋がっているように見せるミスリード的編集の仕方が巧み。冒頭の丸刈りにされる少年。なんの躊躇いもなく少年を狙撃するスナイパーの青年。事実が判明した時、そのシーン、実はジャンヌたちの父(兄)の描写であったことがわかる。数式のシーンもそうだ「1プラス1は2ではなく1+1=1」(事実を知ったジャンヌがシモンに告げるときに再び使われる)。
民族間、宗教間に横たわる「暴力の連鎖」にどう向き合うべきか。その答えを声高には語らない。ただ、こういう言葉だけが告げられる「ここに共にいることが大事」

Memo2
チャプターで使われるフォントがヘルベチカ(Helvetica)のようなフルティガー(Frutiger)ような、或いはゴダール・フォントの趣。
オープニングシーンの曲はRadioheadYou and Whose Army

映画『灼熱の魂』公式サイト
http://shakunetsu-movie.com

Incendies2

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2012-01-15

園子温・監督『ヒミズ』声に出して叫びたい日本語。

園子温・監督が古谷実・原作コミック『ヒミズ』を映画化。撮影準備期間中に起こった東日本大震災をうけて舞台設定を変更して完成。主演の染谷将太二階堂ふみは、本作でヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞。

物語・15歳の少年・住田祐一(染谷将太)は実家の貸しボート屋に集まる震災で家を失くした夜野さん(渡辺哲)、田村さんたち(吹越満神楽坂恵諏訪太朗川屋せっちん)と平凡な日常を送っていた。住田のクラスメイトの茶沢景子(二階堂ふみ)は、大人びた雰囲気の住田が好きで猛アタックをかける。疎まれながらも彼との距離を縮めていく茶沢。ある日、借金を作り蒸発していた住田の父(光石研)が帰って来た。金をせびりながら殴りつける父親の暴力に耐える住田。ほどなく母親も中年男と駆け落ちしてしまい住田は天涯孤独となってしまう。そして…。(DarkBrown部分、gooより抜粋)

Himizu

Memo
前作「恋の罪」が田村隆一、そして今作はフランソワ・ヴィヨン。ふたりの詩人。そして極めて演劇的なトライアル。しかし紛れもなく映画。原作との違いについて語ることは意味が無い。現在(いま)撮られた現在見るべき映画。
阪神淡路大震災から15年経って「その街のこども」が作られたが本作は震災後一年も経たない間に製作・公開された。
それは未だ収束しない原発事故問題を含め現在進行形の不安定要素が覆っているからこそ。不可逆の過去を無視して現在、未来の物語は紡げない。監督の(パンフ)インタビューによると次回作は「より踏み込んで終わりなき非日常が続いている現代日本の映画をオリジナル脚本で作りたい」とのこと。
住田が父親を殺害してしまうシーン。いつもだと執拗に描かれる瞬間(露悪一歩手前ぐらい)だが、カメラはクレーンでグッと引いていく(ブロックを手にして土手坂道から逆に戻って池の畔まで1カットで)。

フランソワ・ヴィヨンの詩集、劇中では新講文庫という架空の出版社になっている。実際は岩波文庫より1965年に発刊されていて現在も入手可。
映画の冒頭(茶谷)とラスト近くに(住田)
「牛乳の中にいる蝿、その白と黒の境界線はわかる
天気が良いか悪いかもわかる
林檎の木を見ればどんな林檎だかわかる
働き者か怠け者かもわかる
何だってわかる、自分のこと以外なら」
(メモなのでやや間違っているかもしれません)

薄っぺらい教師の言葉よりも届いた茶谷の「この世にひとつだけ咲いた花なんだよ」
でんでん演ずる(借金取り金子ローンの)金子が住田に言う「俺は天使かもな、それとも…」。また包丁を紙袋に街をさまよってる住田を車で送り、そして拳銃を預けていく「これを使う時が分岐点」という言葉を残して。この金子のある意味荒っぽい応援と茶谷のストーカー超応援がリンクしているようにも見える。
使用クラシック→ 前作「恋の罪」では「マーラーの交響曲第五番」本作ではサミュエル・バーバー作曲「弦楽の為のアダ-ジョ
ラスト。「自首しに行くよ」と告げる住田。夜が明けた土手を走る住田と茶谷。「ガンバレー」「頑張れ」の茶谷の声に震災の映像が被さる。それは(監督にその意図があったかどうかは判りませんが)同時に未来を託した若い世代へのエールに聞こえる。
パンフレット表4の写真が池の中心、半分沈んだ小屋を手をつなぎながら見る住田と茶谷 の後ろ姿(膝のあたりまで水に浸かっている) ←劇中には出てこないがラストと呼応する見事な写真。

映画『ヒミズ』公式サイト
http://himizu.gaga.ne.jp/

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キリアスの花が舞う。第三舞台・封印解除&解散公演【深呼吸する惑星】

注・内容、台詞に触れています。
第三舞台・封印解除&解散公演『深呼吸する惑星
作・演出 : 鴻上尚史
出演・筧利夫長野里美小須田康人山下裕子筒井真理子大高洋夫高橋一生荻野貴継小沢道成三上陽永

物語・自殺した青年が小説のようなブログを書いていた。未来の銀河系の果てにある惑星アルテア65での出来事で、それが死後も読まれている。惑星には現地のアルテア人と、惑星を侵略から守るため駐留する地球連邦軍と、対立する2つの勢力があった。しかし、この惑星に来た地球人兵士は幻覚に陥り自殺を企てるという現象が多発し、研究員桜木真希(長野里美)が地球から 派遣された。一方、記憶を失った神崎ことキリアス(筧利夫)はアルテアの独立運動を熱狂的に進める。(日本経済新聞・劇評より抜粋)

Daisanbutai

Memo
10年ぶりの第三舞台。圧倒的な台詞量、そしてテンポ。語られることのひとつは過去作でもあった「確かにそこに存在するのに忘れ去られたもの達」
(多分、第三舞台でしかありえない)長野里美さんの「着ぐるみ」もこれが見納めかと思うと寂しいものが(笑)で、今回はカモメ。
それを受けて大高さんの長野さんへの台詞→「チェーホフに謝れ
いくつものサービスシーンや台詞。筧利夫の「ケダモノ」(さすがに電飾で「ケダモノ王」は出なかったw)。見えないものが見えることを受けて→「そこにいるね。握手をしよう」(ここで拍手)←初めて見た人にはわからない、けど、これは第三舞台を応援してきた人への鴻上さんのサービス(ですよね)
「Behind the Mask/nonSectRadicals(ビハインドザマスク)」「ずっと好きだった」「あの素晴らしい愛をもう一度」「恋する凡人」…数々の曲たち。
終演後の鴻上尚史さんのアナウンス「第三舞台は解散しますが、僕も役者たちも芝居を続けていきます。またどこかの宇宙でお会いしましょう」
斉藤和義「ずっと好きだった」。ロビーでは「全部ウソだった」が流れていた。

Memo2
演劇ぶっく」2012年2月号。に【深呼吸する惑星】の記事が6ページ、カラーで掲載(対談、インタビュー、舞台写真)

Tenshi_wa_hitomi

上記写真
手元に残っている第三舞台公演チケットで1番古いもの「天使は瞳を閉じて」カーテンコールで「最初に大阪で公演した劇場は、もうありませんが」と語られていた近鉄小劇場

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2012-01-04

ガス・ヴァン・サント監督『永遠の僕たち』

注・内容、音楽に触れています。
ガス・ヴァン・サント監督『永遠の僕たち
原題 : Restless

物語・交通事故によって両親を失い、臨死体験をした少年イーノック(ヘンリーホッパー)。高校を中退した後、ただぶらぶらと怠惰な日常を送っている彼の唯一の友人は、彼だけにしか見えない、死の世界から来た日本人特攻パイロットの青年ヒロシ(加瀬亮)だけであった。喪服を着て見ず知らずの人の葬式に潜り込む趣味があるイーノックは、ある葬式でアナベル(ミア・ワシコウスカ)という少女に出会う。そして…。(ブルー部分、goo映画より抜粋)

Restless1

Memo
オープニング、Beatles「Two of us」と共に流れる車窓の風景を眺める顔からエンディングでアナベルとの楽しかった日々を思い出しておもわず微笑む顔まで主人公のイーノックを演じたヘンリー・ホッパーの表情(特に目)が印象的。(先にデニス・ホッパーの息子ということを聞いていたのでエンドクレジットで驚く事はなかったけれど予備知識無しで見ていたら、そこで別の感慨がおきたかも)
そのオープニング
Beatlesの「Two of us」
君と僕との思い出は、この先に延びている道より、ずっと長いんだ
(ジーン・セバーグしか似合わないと思われていたヘアスタイルがとてもチャーミング!そして白ワンピにダルメシアン柄のコート、赤い手袋)ヒロイン、アナベル役のミア・ワシコウスカ(Mia Wasikowska) 次回作は(なんと!)パク・チャヌク監督、ニコール・キッドマンと共演の「Stoker」 
ヒロシ役の加瀬亮のポジショニングというか立居振る舞いがジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」の永瀬正敏と、ふとダブりました。(全く繋がっているわけではないですが…、ふと)

ハリス・サヴィデス(ガス・ヴァン・サント監督とは6作品目)によるオレゴン州ポートランドで撮影された美しい風景。秋から冬、そしてラストのアナベルの葬儀での春と移り変わる季節自体が物語とシンクロして素晴しい。それを切り取っていったハリス・サヴィデスの手腕(「SOMEWHERE」でも感じた光り射す煌き)
衣装デザインはダニー・グリッカー。ミア・ワシコウスカが着こなした色の組み合わせはホントにスゴイです(音楽にのせて綴られるエピソードの中で一瞬映るファッションも素敵←もう一回見て確認したい)

輝ける音楽(印象的な使用楽曲)
Beatles「Two of us」
Sufjan Stevens
「Wolverine」
「Happy Birthday」
Nico「The Fairest Of The Seasons」

Restless2

永遠の僕たち-オフィシャルサイト
http://www.eien-bokutachi.jp/


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2012-01-01

New Year!2012 & 2011 BEST MOVIE

Cinema2012

2011年の20本
(2012年1月1日、今の気分で)
東京公園、台北の朝、僕は恋をする、永遠の僕たち、ラブ・アゲイン、50/50、ソーシャル・ネットワーク、ファンタスティックMr.FOX、さすらいの女神たち、コンテイジョン、SUPER8/スーパーエイト、宇宙人ポール、マイ・バック・ページ、ステイ・フレンズ、塔の上のラプンツェル、コクリコ坂から、大鹿村騒動記、ミッション : 8ミニッツ、ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル、ゴーストライター、ランゴ(順不同)

(2012年1月1日、今の気分で)BEST3
【日本映画】
・東京公園
・コクリコ坂から
・大鹿村騒動記

【外国映画】
・台北の朝、僕は恋をする
・ソーシャル・ネットワーク
・永遠の僕たち

並べてみて気づく共通点は上映時間が90分程度と短いこと、もしくは(上映時間が長い場合)RED ONEカメラによるデジタル撮影作品(「東京公園」と「ソーシャル・ネットワーク」)。

エドワード・ヤン監督に師事し「追風」(未完)の企画・脚本開発のアシスタントをしていたアーヴィン・チェン監督【台北の朝、僕は恋をする】を外国映画1位に。製作総指揮はヴィム・ヴェンダース。キャストは台湾の人気スターであるアンバー・クォと長編映画初出演のジャック・ヤオ。上映時間85分!

日本映画1位は【東京公園】グリフィス、小津、マキノ、フォード、成瀬。そして月永雄太によるデジタル撮影。プラス榮倉奈々演じる富永の映画趣味!→劇中映画「吸血ゾンビの群れ」、加藤泰、長谷川伸「瞼の母」、「リップスティック」、ロメロ、「ゾンゲリア」。富永、やっぱり変だよー(笑)

BEST3作品は全て当「COLOR of CINEMA」内に記事あります( ´ ▽ ` )/

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