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2013-09-29

ニール・ジョーダン監督『ビザンチウム(BYZANTIUM)』"私の物語は決して語ることができない"

注・内容、台詞に触れています。
モイラ・バフィーニ原作の舞台「A Vampire Story」を映画化。ニール・ジョーダン監督によるヴァンパイアストーリー(「狼の血族」「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」と共に三部作の体をなす)『ビザンチウム(BYZANTIUM)』出演はシアーシャ・ローナンジェマ・アータートンサム・ライリーケイレブ・ランドリー・ジョーンズ

物語・16歳の少女エレノア(シアーシャ・ローナン)は、彼女の保護者である8年つ上のクララ(ジェマ・アータートン)と長年定住することなく街から街へと放浪する日々を送っていた。そんなある日、海辺のリゾート地に建つゲストハウス「ビザンチウム」にたどり着く。そこでクララは難病のため余命わずかの青年フランクと出会い、恋に落ちてしまう。そして…。

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Memo
「私の物語は決して語ることができない」
書き終えては捨てられる"エレノアの物語"
冒頭、その物語(ノート紙片)を拾った老人がエレノアを招き入れる。
「人生には秘密を語るべき時が一回はある」
拾ったノート紙片の何枚かがアルバムに貼られている。
(エレノアがヴァンパイアであることに気づいている)
「準備はできてるよ」
「もう十分すぎる時間を送ってきた」
すーっと伸びるエレノアの爪
(この牙ではなく爪が伸びるアイデアは秀逸。それがゆえに心寄せ合うも身体を触れ合うこと自体が危うくなるのだ←そのようなシーンが後半に)
エレノアが語る物語(モノローグとしてかぶさる)
姉妹のように見えるが実は母親であり守護者でもあるクララ。掟(女性はヴァンパイアを生みだしてはならない)を破ったことから、その血族(教団)に200年追い続けられている。
「母は私に3つのことをしてくれました。」
「ひとつは私が生まれた日にわたしのことを手放した。もうひとつは孤児院にいるわたしを養育費を払って育ててくれた。そして最後のひとつは決して語ることができない物語を私に与えたこと」
(妖艶なる男性ヴァンパイアが主人公の)「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」と対(つい)を為している、ある種の告白形式。
また、ふたりのヴァンパイアの特徴も対(つい)。一瞬の戸惑いもなく人を襲う、強く激しい"動"としてのクララ(外見は妖艶)、静かに慈しむように死を向かい入れる準備のできた人からのみ血を得る"静"エレノア(外見は清楚)と全くもって対照的。
遡ること200年。キャプテン・ルーベンダーヴェル、ふたりの将校。忌まわしき災いを届けるルーベン(クララ、エレノア母娘共に襲い娼婦としてしまう)と身体が弱って病をわずらい不死の体を得ようとある場所について調べるダーヴェル(結局、ふさわしき者の匂いを嗅ぎつけて近づいてきた血族から地図をもらい神殿のある島でヴァンパイアに)。このふたりとクララが出会ったことから全てが始まるようにエレノアがフランクと出会うこと(惹かれ合うこと)によって保たれていた何かが一気に動き出す。時間軸の切り返しがやや判りにくいがラストまで進むと全体が読み取れる。クレアとダーベル、エレノアとフランク。2組のヴァンパイア(フランクはエレノアに導かれて神殿のある島へダーヴェルは一緒に追ってきたもうひとりのヴァンパイアを始末しクレアと共に行くこととなる)が対を為す。
それぞれのモノローグ。
「わたしたちには時間がある」(クレア)
「もうひとつの物語がはじまる」(エレノア)
そのフランクとエレノアの出会った時の台詞。
(本編中少しだけ微笑を持つシーン)
「ピアノはどれぐらい練習したの」
「200年よ」

ヴァンパイアになる神殿(祠)のある島、ホテル・ビザンチウムの建つ海辺の風景、上下二階層になった遊歩道などロケ地選定含めての醸しだされる空気感が素晴しい。
ヴァンパイアストーリーということで当然のことながら赤がキーカラーではあるけれど、見事な夜間撮影も相まって全体の色彩トーンなどとっても好み。撮影ショーン・ボビット(「SHAME -シェイム- 」「ひかりのまち」←街中のシーンが美的.「オールド・ボーイ」リメイクも)、あと音楽が「パンズ・ラビリンス」のハビエル・ナバレテ

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【公式サイト】映画『ビザンチウム』
http://www.byzantium.jp/

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2013-09-21

ニール・ブロムカンプ監督、マット・デイモン主演『エリジウム(Elysium)』"故郷は地球"

注・内容、台詞、ラストシーンに触れています。
「第九地区」のニール・ブロムカンプ監督・脚本の最新作『エリジウム(Elysium)』出演はマット・デイモンジョディ・フォスターシャールト・コプリー、ヴァグネル・モーラ、カーリー・ポープ、アリス・ブラガディエゴ・ルナ他。

物語・2154年、人類はスペース・コロニー「エリジウム」に住む富裕層と、荒廃した地球に住み貧困層とに二分二極化されていた。エリジウム政府高官のローズ(ジョディ・フォスター)は老いも病もないエリジウムの理想郷のような美しい生活を維持しようと地球の人間を一切排除していた。ロサンゼルス地に住むマックス(マット・デイモン)は事故によってわずか5日間の命となり、自らの身体を治療する機会を求めエリジウムを目指す。

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Memo1
前作「第九地区」と同じくバックボーンテーマを持ったSFエンタテインメント。エリジウムと地球の上と下、2地点のみで繰り広げられる物語。現代と通底する格差社会に対してのアイロニカルな問題定義。そこから派生している労働環境(マックスが事故に遭う、あの照射型洗浄ドックなどで防護服無しで人間を働かせてるわけですからアーマダイン社は超ブラック企業と言えますね)、持てる者と持たざる者の医療格差問題なども内包している。
二極化された世界_1。地球では何世代か前の技術、使い回しのハード、古いエネルギーのいわば錆のような世界。スペースコロニーではスキャンとトリートメントのみの完治・最先端医療ポッドなどに代表されるピカピカの世界(水と緑と白亜の邸宅も)。
●二極化された世界_2。地球(ロサンゼルス)では手持ちカメラ、スペースコロニー内では固定やクレーンと撮影方法も明確に分けられていました。(エリジウム内にマックスらが侵入してからは両手法がミックス)
バジェットが大きくなりキャスティングもマット・デイモン、ジョディ・フォスターと豪華。とはいえ、やっぱり目立つよ"シャールト・コプリーさん"。バズーカ持って現れる登場シーンから桜舞い散る中、マットとの日本刀を持ってのエリジウム中枢での死闘まで、ほぼ全編出っぱなし。(ディレイ爆発する手裏剣や「娘たち」と呼ぶ巷で話題のルンバ型偵察機、最新強化外骨格などガジェット面でもおいしいところをいっぱい持っていく)

ラスト。エリジウム再起動の瞬間が美しい。
そこに至るまでのシーンとエンディングでの台詞。
娘マチルダを医療ポッドに入れるため居住区に降りているフレイ(アリス・ブラガ)に再起動データを移すと死んでしまうマットが通信デバイスで話す。
「子供の頃の約束、覚えてる?」
〜回想シーン
「(エリジウムに)いつか連れていくよ」
「ホントに?」
「約束する」
手の甲にF(フレイ)とM(マット)、そしてを描く。
〜窓から地球を見るマット
それに重ね合わせる地球の写真が入ったペンダント(※)。
「今、見ているものを信じられないだろうな」
> > > > 再起動
〜回想シーン
シスターと空を見上げる子供の頃のマット
「エリジウムに行きたいの」
「ここだって美しいのよ」
「これを受け取って」
渡されるペンダント(※)
「故郷を忘れないで」
現在のフレイの手にペンダント
エリジウムから地球を見上げるフレイ
「愛しいマックス…」

もたれかかって死ぬマットの姿と「今、見ているものを信じられないだろうな」の台詞シーンに『ブレードランナー』の有名なラスト、ロイ・バッティ(ルトガー・ハウアー)モノローグシーンをふと思い出した。
「そんな思い出もやがてはすべて消える。雨の中の涙のように……」

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WETAワークショップが強化外骨格「エクソスーツ」や武器、メカニックなどの小道具を制作。膨大な量の日用品から企業に至るまでのロゴもWETAのデザイナーによるもの。
宇宙コロニーのコンセプトデザインは『ブレードランナー』スピナーなどをデザインしたシド・ミードが。他にも医療ポッドをヴェルサーチ、アーマダイン社のオーナーにして大富豪のカーライルが乗るシャトルをブガッティ、ジョディ・フォスターのスーツジョルジオ・アルマーニなどの企業がデザイン協力。あと、ジョディ・フォスターの腕に付けている通信デバイスにBVLGARIのロゴが。
なおプロダクションデザイナーは「第九地区」と同じフィリップ・アイヴィ(Philip Ivey)
監督などへのインタビューからまとめるとシド・ミードは大凡の人数で構造物のサイズを決めるのではなく実際に人が住んだ場合、どれぐらいのスケール(面積)が必要かを割り出して全体の人口、大きさなどを決定すると言っていました。その手法に則ってコロニーの直径が算出されデザイン画を作成したとのこと。
エリジウムを運営するアーマダイン社のホームページ。エリジウムの建設に費やされた、のべ時間が38億日って?!
アーマダイン社ってサイバーダイン社のもじり?(ブロムカンプ監督がジェームズ・キャメロン監督のファンと語っていたので、そのあたりあるかも?)
http://www.elysium-movie.jp/microsite/armadyne/index.php

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エリジウム- オフィシャルサイト
http://www.elysium-movie.jp/


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2013-09-19

タイトルデザイン_35(Picture Mill) ヒュー・ジャックマン主演、ジェームズ・マンゴールド監督『ウルヴァリン:SAMURAI』

注・内容、台詞に触れています。
『X-メン』シリーズのメインキャラクターのひとり、ウルヴァリンを主人公にした第2弾『ウルヴァリン:SAMURAI』。出演は
ウルヴァリン=ローガンにヒュー・ジャックマン、他に真田広之TAO福島リラスヴェトラーナ・コドチェンコワ、他。監督は「17歳のカルテ」「3時10分、決断のとき」「ナイト&デイ」のジェームズ・マンゴールド

物語・カナダで隠遁生活を送っていたウルヴァリン=ローガン(ヒュー・ジャックマン)は過去に命を救ったことがある大物実業家・矢志田に請われて彼の部下のユキオ(福島リラ)と共に日本を訪れる。しかし、重病を患っていた矢志田はほどなくして死去。
葬儀の際に命を狙われた孫娘マリコ(TAO)を助けることに。そして…

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『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』の直接的な続編ではなくメインエンドクレジット後のシーン、原題からみても本作が「X-MEN」ウルヴァリンはじまりの物語の趣を持っている。
日本が舞台(東京、設定では長崎)となっているが「X-MEN」ユニヴァースの中の日本としてみると微妙なズレ、キッチュさ、エキゾチシズムが溢れていて不思議な面白さに満ちている。
そのキッチュさ
パチンコ、忍者、ラブホテル、甲冑、新幹線、鳥居を模した
矢志田グルーブのロゴ、そして"出ました"「やっちまいな」
挿入曲も驚きの…
・由紀さおり「生きがい」
・セクシーオトナジャン「オンナ、哀しい、オトナ」
・DJ PMX「その時が来るまで… feat. K DUB SHINE」
いろいろな台詞やちょっとクスっとしてしまう可愛らしいシーン
・「主君なきサムライは浪人だ」

・「日本刀は両手で持つんだ」
(↑この台詞はラストの真の首謀者との対決シーンに活きてくる)

矢志田家到着後、そんな薄汚い格好では矢志田さまに会わせることができませんと言われて湯船(かなりデカイ)に入れられてゴシゴシとモップのようなもので洗われるウルヴァリン=ローガン。
「こらっ、じっとして
洗えないじゃないの」


・逃亡先の長崎(マリコが子供の頃、住んでいた家)で溢れださんばかりの"調理中、驚きのてんこ盛り状態だった、多分スキヤキ?と思しき料理"を食べながらのシーン。
「お箸を立てるのは縁起が悪いのよ」
「日本では全てには意味があるの」
(と、叱られるローガンw
だが、すぐまたお箸を立ててしまい、それをすかさず抜くマリコw)

・マリコの婚約者、ノブローの事を
「ノストロモフ?」
言い間違いが素敵(笑)

・治癒能力が奪われ体中に弾丸を受け、気を失ったローガン。
目が覚めると、手術台のようなものに乗っていて周囲には檻に入れられた動物が。
「彼は医者か」
「まあ、似たようなもの。正確には違うけど。
動物の医者。
しかも、大型の」
(きっとローガンは心のなかでつぶやいたと思う
「俺は熊か(笑)」)
と、こんな感じで「おいおいおいおい」と言いたくなるけれど、いちいちが可愛らしいネタなのでニンマリしてしまう楽しさ。もちろん新幹線の外(主に屋根)で繰り広げられる(お前はミュータントか)ヤクザとの死闘シーンも、ありえない身体能力と共に魅せてくれます。←こっちの漢字で。

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メインのEnd Title Sequenceは
Picture Mill
英文を縦組にしたフォントを組み合わせたシンプルなモーショングラフィック。このタイトルクレジット後に
「X-MEN」繋がりのシーンがあります。(マグニートー、プロフェッサーX登場)
(↓そのエンドタイトル部分の)動画

http://www.picturemill.com/TheWolverine.html
予告編に登場していた富士山と東京タワーが登場する20世紀フォックスロゴのスペシャルバージョンの制作はPIC AGENCY
音楽は「
ワールド・ウォーZ」や「ノウ イング」「キャリー」リメイク、ポン・ジュノ監督の新作「スノーピアサー」などのマルコ・ベルトラミ

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映画『ウルヴァリン:SAMURAI』オフィシャルサイト
http://www.foxmovies.jp/wolverine-samurai/


 

 

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2013-09-12

フランシス・F・コッポラ製作総指揮、ウォルター・サレス監督『オン・ザ・ロード (ON THE ROAD)』人生のすべては路上にある

ジャック・ケルアックが1957年に発表した「路上/オン・ザ・ロード」フランシス・F・コッポラ製作総指揮、ウォルター・サレス監督が8年がかりで映画化した『オン・ザ・ロード (ON THE ROAD)』出演はサム・ライリーギャレット・ヘドランドクリステン・スチュワートトム・スターリッジキルスティン・ダンストヴィゴ・モーテンセンエイミー・アダムス、他

物語・父親の死を引きずり鬱屈とした日々を過ごす青年作家サル・パラダイス(サム・ライリー)。ある日、彼は内省的な自分とは正反対である奔放な男ディーン(ギャレット・ヘドランド)とその幼妻メリールウ(クリステン・スチュワート)と知り合う。社会規範にとらわれずにセックスやドラッグをむさぼるディーンの生き方、メリールウの美貌に惹き付けられたサルは、彼らと一緒にニューヨークを飛び出して各地を放浪することに。(Brown部分、シネマトゥデイより抜粋)

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Memo
「ディーンに出会ったのは父が死んでからそれほど後ではなかった」
主人公サルは父親を亡くし、ほどなく出会ったディーンもまた父親が行方不明という境遇だった(あまり執拗に描いていないが、ほぼ全体に父権の影が無い)
(まわりから作家先生と呼ばれていたサル)
目の前にタイプライター
まだ書けない
まだ打てない
まだ始まらない
まだ降りてこない
旅の途中、ひたすら書き綴られるメモ、メモ、メモ。
紙を買うお金が無くなった時は広告チラシを拾い、その隙間を埋めるように書きとめているシーンがあった)。とにかく溢れんばかりのメモ、刻み込まれる言葉たち。
実際の小説「路上/オン・ザ・ロード」も起承転結型の物語を追う、紡ぐタイプではないので、この描写によっていかに生まれていったかがよくわかる。
映画終盤、わずか3週間で書き上げたと言われている執筆開始時点のシーン。タイプ用紙を巻物(スクロール版)のように繋ぎあわせてセットアップするところが描かれる。そして、蓄積されたエネルギーが爆発するかのように打たれるタイプライター。
これはメイキング・オブ・小説「路上/オン・ザ・ロード」の物語でもある。
モデルとなった人物は?
・サル=ケルアック本人
・ディーン=ニール・キャサディ
・カーロ・マルクス=アレン・ギンズバーグ
・オールド・ブル・リー=ウィリアム・S・バロウズ
バロウズを「裸のランチ」に出演したヴィゴ・モーテンセンが演じていて、ベタな言い方をすると"おいしい役"。しかも登場の仕方含めてかっこ良く描かれている。さらに妻、ジェーンを演じたエイミー・アダムスが「ザ・マスター」の時に見せた目つきと同じような眼で登場する(このあたりもスゴイ)。
カメオ出演のスティーヴ・ブシェミが(これこそ"おいしい役"かw)出てきて、しばらくしたら、あららというシーンに。(でも、ここはディーンの事を知る上で重要なポイントにもなっている訳ですが…)
サルが常に持ち歩いているプルーストの"失われた時を求めて"「スワン家のほうへ」。劇中、その書影がいろいろなところで登場する。テーブルの上、車中で読む姿、メリールウが読んで涙ぐむシーン、そしてサルとディーンとカーロが出会ったニューヨークでの別れ際に撮った写真が2つに分けられて半分はディーン、そして半分はサルの持っていた「スワン家のほうへ」へと挟まれる。この写真はラスト、その身なりからも判る通り以前の場所から抜け出たサルと変わらないままのディーンとの再会シーンの後、1枚となって合わさり物語の終を告げる。
撮影が「モーターサイクル・ダイアリーズ」のエリック・ゴーティエ「Aaton Penelope」での35mmフィルム撮影。鑑賞はデジタル上映だったので、是非このフィルム版でも見てみたいものです。
音楽が「ブロークバック・マウンテン」「バベル」と2年連続でアカデミー作曲賞を受賞しているグスターボ・サンタオラヤ。もちろん「モーターサイクル・ダイアリーズ」も。
路上に出た若者たちは生き急ぎ、溢れ出る感性の放出を止めることはない。そして、それらの経験が小説や詩や音楽などへと昇華されていく。そんな、やがては終わるであろう"一瞬の夏"とでも呼ぶべき時間をジャズの旋律にのせて描き上げた。
※追記(excuseと蛇足)
ケルアックの原作を読んで既にン10年。当時、拓郎→ディラン→ギンズバーグ→ケルアックとミーハー的にたどり着いた小説でもあり、ほぼ内容は覚えてい ない上での鑑賞ということで映画に限っての感想メモとして記しています。(全くもって蛇足的に浜田省吾ツアーやってたら検索関連、紛らわしかっただろう なぁ、などということも思ったり。ちなみにツアータイトルに「ON THE ROAD」を付けたのは1982年から)

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映画『オン・ザ・ロード』公式サイト
http://www.ontheroad-movie.jp/

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2013-09-07

スティーブン・ソダーバーグ監督『サイド・エフェクト(Side Effects)』

注・内容、台詞に触れています。
スティーブン・ソダーバーグ監督
(復帰の期待も込めて、一応)最後の劇場公開監督作『サイド・エフェクト(Side Effects)』薬の副作用が招いた殺人事件と、その事件に潜む謎を描いたサスペンス。

物語・金融マンであった夫マーティン(チャニング・テイタム)が違法株取引で逮捕されたのを機に、以前に患ったうつ病を再発させてしまったエミリー(ルーニー・マーラ)は、交通事故や自殺未遂を引き起こすように。診察にあたる精神科医バンクス(ジュード・ロウ)は、かつて彼女を診ていたシーバート博士(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)に相談。エミリーが抱える症状の詳細を聞き出し、彼女の了承も得て抗鬱剤の新薬アブリクサを投与する。症状が快方に向かっていたある日、マーティンがナイフで刺されるという事件が起き……。(DarkRedBrown部分、シネマトゥデイより抜粋)

Side_effects

Memo
奇しくも長編デビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』のタイトルがそのまま本作のネタバレへとリンクしているのは意図的?(鑑賞済みの方はあぁ、となるタイトルですよね)
そして、どんでん返しに対してのヒントの撒き方もフェア。エミリーが薬の副作用で地下駐車場の壁に(発作的に自殺のように)ぶつかるシーン。その間の取り方は「あれ?」と思わせるに十分な時間と所作を描いていますし、シーバート博士との幾つかの会話、目線、マーティンとの過去経緯の不自然なぼかし方、なによりもエミリー×シーバート博士接点シーンが無いなど多数。
絶対的な台詞
「過去に起こったことから未来は予測できる」
撮影、編集も手がけているソダーバーグ監督。まるで解剖医学的のように切り分けられた場面をコンマ数秒の狂いもなく繋ぎあわせていったかのようなカチッとした仕上がり。フィックス、移動、クローズアップ、俯瞰などそれぞれのショットが全て仕様書でもあるのかというぐらいシーン、シーンの登場人物の心情や状況などに応じて使い分けられていて驚く(逆に遊びが無い、ユーモアがないという評も出てきそうですが)。この全てにおいて抑制の効いた質感は「コンテイジョン」の時にも感じたが本作は更にそれの上をいっている。サウンドデザインも最後に別クレジットで出るほどスコアと台詞、効果音がクリア。

この質感、Red Epicによる撮影が効果的であるということも大きい。フォーカスが曖昧さの微塵もないほどきっちりと取れるので対象物とぼかす必要のあるモノ(人物)が演出意図通りに描き出せるのだ。実際、シーバート博士が最初に映し出されたショットなどは、ほぼ※答えを出しているような絵になっていました(※再見の際に確認のため一応の記載)
「Newsweek 日本版」2013年9月10日号にルーニー・マーラについての記事「クールで熱いルーニーに夢中」が掲載されていてフィンチャー監督「ドラゴン・タトゥーの女」撮影前にソダーバーグがリスベット役として彼女をプッシュした云々他、絶賛している。確かにルーニー・マーラ在りきの物語展開。もちろん受ける側のキャサリン・ゼタ・ジョーンズ(ソダーバーグ監督作品3度目出演)も素晴しい。
11月公開『恋するリベラーチェ(Behind the Candelabra)』が順番で言うとラストとなるがアメリカでは劇場公開されずTV放映だったため本作が最後の作品ということになっている(模様)
ヒッチコックテイストの演出が随所ということだが、どちらかというとヒッチコック作品をリスペクトを込めてトレースしていたデ・パルマ作品(もちろん意図して?)の匂いのほうがやや大きいような気も。

映画『サイド・エフェクト』オフィシャルサイト
http://www.side-effects.jp/

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