« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »

2014-04-30

タイトルデザイン_42 (CineTitle、他)『アメイジング・スパイダーマン2(THE AMAZING SPIDER-MAN)』マーク・ウェブ監督、アンドリュー・ガーフィールド、エマ・ストーン

注・内容、ラストに触れています。
アメイジング・スパイダーマン2(THE AMAZING SPIDER-MAN)』
監督  マーク・ウェブ
主演 アンドリュー・ガーフィールドエマ・ストーン
ジェイミー・フォックス
デイン・デハーン

ポール・ジアマッティ
サリー・フィールド

物語・スパイダーマンとしてニューヨークの平和を守るピーター(アンドリュー・ガーフィールド)と恋人グウェン(エマ・ストーン)。彼は彼女の父親と交わした約束に揺れ動いていた。そんな中、オズコープ社CEO死去により息子でありピーターの旧友でもあるハリー・オズボーン(デイン・デハーン)がニューヨークに戻ってくる。ハリーがかかっている病気はピーターとの関係を最悪のものへと変化させてしまう。さらに新たなる敵、エレクトロ(ジェイミー・フォックス)が出現。そして…

Spiderman2

Memo1
(もしやグウェンと三角関係シーンが、と)噂されていたメリー・ジェーン出演部分はカットもしくは3以降に持ち越されて?グッとピーターとグウェンとの恋愛部分(と前作でグウェンの父親と交わした約束との間で悩むピーター)が軸となる構成に。
そのためか、登場するヴィランたち(エレクトロ、グリーン・ゴブリン、ライノ)はまとまって戦わず順を追ってひとりひとりと交戦するように描かれている。さらにグウェンも加わってのエレクトロとの戦闘は彼女のアイデアと協力なくしてはありえないものとなっている。1作目よりもはるかにマーク・ウェブ監督らしさが出た仕上がり。
前作は17歳。父親にココアをすすめられたりもしていたグウェンだったが、本作では卒業する年齢ということでなのかメイクが濃くなっている。(あとヘアスタイルとかファッションも)
オープニングで描かれるピーターの父と母の最後。このシーンの快調なテンポが素晴しい。オズコープ社でのピーターの両親、ハリーの父親ノーマンとの研究に関して起こっていた出来事についての経緯も描かれている。
エンドクレジットであの映画との関連付けが初めて明らかに。(←次なる展開へのフリ?ちなみにIMAX版ではこの部分が加えられていないらしいのですが未見につき未確認←さらに、これは単なる"あの映画"宣伝だけという話のようです←ややこしい…)
少年とスパイダーマンというモチーフは前作に引き続き今作でも。ラスト、サイ型パワードスーツを身に纏ったライノと対峙する場面で。グウェンの死後、全く姿を現さなくなったスパイダーマンがメイ叔母さんの言葉とグウェンの卒業スピーチで気持ちを立て直し新たなる決意のもと登場するシーン。
(ここでライノと一戦というところだが、いざ!と出た瞬間エンドクレジットへ。このダラダラと戦闘シーンを続けず、すっと終わらせるラストは好みだなぁ)
次回作はピーター、MJ、ハリーが軸となるのだろうか?(←エマ・ストーンが出演しなくなるのが少し寂しいが←まあ、変則構成にすれば可能だが…)

Memo2
関西ではUSJアトラクションのスパイダーマン3Dに絶対的信頼度があるからだと思いますが予想通り3D上映の方に人気が集まっていた(←と、初日の予約状況を頻繁に確認しての個人的分析)
スコアがジェームズ・ホーナーによる、いわゆる正統派サントラからハンス・ジマーと6人の音楽家ザ・マグニフィセント・シックス(The Magnificent Six)へと変更。意外とこの作曲家変更が「1」との印象を大きく変えた要因のひとつかもと思ったり。
タイトルデザインはBlur Studio
"End Title"クレジットはCineTitle
(Big Film DesignのRandy Balsmeyerが参画)
Welcome to CineTitle
http://www.cinetitle.com/

アメイジング・スパイダーマン2
http://www.amazing-spiderman.jp/site/

| | トラックバック (38)

2014-04-21

『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー(Captain America: The Winter Soldier)』"BORN TO RUN!"

注・内容、ラストなどに触れています。
キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー
(Captain America: The Winter Soldier)
監督はアンソニー・ルッソ(Anthony Russo)とジョー・ルッソ(Joe Russo)のルッソ兄弟

物語・アベンジャーズのメンバーとして戦ってから2年、キャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンス)はS.H.I.E.L.D.(シールド)の一員として活動していた。ある日、キャプテン・アメリカとブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)を世界屈指の暗殺者ウィンター・ソルジャーが襲撃。さらにウィンター・ソルジャーの正体は、キャプテン・アメリカの親友で第2次世界大戦で亡くなったバッキー・バーンズ(セバスチャン・スタン)で…。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Ca2_1

Memo1
「ロケッティア」好きにとって前作「ファーストアベンジャーズ」も最高だったが今回は別ベクトルで斜め遙か上。
アクションと物語が絡みあっての緩急自在な面白さ。アメコミが原作なのでもちろんフィクションなのだが、それを現実世界とリンクさせての地続き感、さらには70年代ポリティカルサスペンスの趣も醸しだすなど、まさにテンコ盛り(実際、あれ?なにやら2〜3本見たような気にもさせる)
キャップの出自からすると"BORN IN THE U.S.A"となるところだが、その性格の部分もひっくるめて、ひたすら真っ直ぐ突き進む姿は"BORN TO RUN"だ。事実、盾を使って直線的にボコボコ壁に穴をあけ、三角飛びで壁を伝わり走っていく(撮り方が、また上手い!)
前作もそうだけど、今作も"ほのかなユーモア"(特に彼女がいないキャップについて)が散りばめられていて素晴しい。
→(前作ペギー・カーターの「完璧な人はいない」←そのまま原文「Nobody's Perfect」も最高でした)
で、今回も。
ブラック・ウィドウと危機を乗り切るためのとっさのエスカレーターでのキス。
「もしかして1945年以来?」
真面目なキャップの"現代と過去のギャップを埋めるお勉強チェックメモ"(※)の1番上に書いてあるTV番組「アイ・ラヴ・ルーシー」にニンマリした←(一瞬、スターウォーズ/スター・トレックやスティーブ・ジョブズなど10項目ほど写るので要注意)←残念ながら各国公開後に話題となった国別バージョン違いメモ日本版は無し。
「左から失礼」
冒頭、リンカーン記念館前のリフレクティング・プール外周をジョギングする男を何回も追い抜いていくキャップ。その時の台詞。
実はこの男こそ中盤から本作に参加してくるファルコン(サム・ウィルソン)。
「何を聞いてる」
「マーヴィン・ゲイ"トラブル・マン"」
ここに全て詰まっている意のことをキャップに言う。すかさずメモ(※)をとる。1番下にtroubleman(Soundtrack)
ラストにも効いてくる台詞と曲だ。
巨大空中空母ヘリキャリアの半端ない大きさと「おいおい、そんなところに発射基地があるの!?」という驚き。さらには、その目的の空恐ろしさ(もう既に近いことは起こっているなぁ、と、無数の標的がマーキングされた映像を見て思った)←もう、あたりまえのように見ている"あのマップ"
「ヒーローとスパイの時代は終わった」で締めくくられるエンドクレジット2段落ちのひとつめ。これは続く「アベンジャーズ2」への見事な布石。さらにラスト、バッキー・バーンズ(ウィンター・ソルジャー)がスミソニアン博物館で展示されているパネルで自分のことを知るシーンでお馴染みの「アベンジャーズ」へ続くクレジットが映しだされる。(フューリー長官も、亡くなったことにしてのアイパッチ捨てサングラス姿に)

Memo2
タイトルデザインは前作のMethod Designからは変わっていますがモノクロで描かれたシルエット、まさに白は黒にも裏返ってしまう本作の骨格にピッタリの描き方。
70年代に製作されていた『コンドル』(1975年)『パララックス・ビュー』(1974年)『マラソンマン』(1976年)などいわゆる陰謀もの(CIAもの)を意識したというクリストファー・マルクススティーヴン・マクフィーリーによる脚本、そして撮影のトレント・オパロックの発言どおり、そのベースイメージこそ本作を今までにない傑出したもののひとつとしている。
また、ラジオ「たまむすび」で町山氏が言及していた『大統領の陰謀』ウォーターゲート事件の舞台となったビルと隣合わせに建つS.H.I.E.L.D.本部のビルのことと本作の誰が敵なのか判らなくなることなども。
さらにはマーヴィン・ゲイ"トラブル・マン"も1972年『野獣戦争』のサントラだし、たどりついたヒドラ党の6万メートルに及ぶテープデータ(←テープデータって 笑)で構築されたコンピュータールームは(70年代の映画ではありませんが)『ウォーゲーム』的←それを匂わせる台詞も。
そして何よりも(実は…の)ロバート・レッドフォードの存在(出演)こそが、これらの映画と共に見えないリンクとなっていたような気がする。
このポスターなんて、まさに!!

Ca2_2

キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー
http://studio.marvel-japan.com/blog/movie/category/captain-america2

| | トラックバック (33)

2014-04-13

『プリズナーズ(Prisoners)』ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ヒュー・ジャックマン、ジェイク・ギレンホール、ポール・ダノ、他

※注・内容、核心部分、プロットなどに触れています。
鑑賞後に御覧ください。

プリズナーズ
(Prisoners)
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:アーロン・グジコウスキ
ヒュー・ジャックマン
ジェイク・ギレンホール
ポール・ダノ
ヴァイオラ・デイヴィス
マリア・ベロ
テレンス・ハワード
メリッサ・レオ

物語・家族と過ごす感謝祭の日、平穏な田舎町で幼い少女が失踪する。手掛かりは微々たるもので、ロキ(ジェイク・ギレンホール)ら警察の捜査は難航。父親ケラー(ヒュー・ジャックマン)は、証拠不十分で釈放された容疑者アレックス(ポール・ダノ)の証言に犯人であると確信し、自らがわが子を救出するためにある策を考えつくが…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Prisoners1

Memo1
とらわれのものたち
タイトルが含みうる多くの"とらわれたものたち"を描いていることがわかる。
とらえられた娘たち、とらえられた容疑者(とおぼしき青年アレックス)、犯人はこいつに決まっているという思いにとらわれた父親ケラー(元々、来るべき災害などに備えて驚くべき量の備蓄をしていたり息子に対して「こうあるべきだ」みたいな発言をしていて相当偏った固執型の人間だということが描かれている)、過去同じ町で行方不明となった子供、いつしか冷静に捜査していたロキ捜査官までもがある人物を捕まえた際、犯人と見誤る思い(ミス)にとらわれる。そして、ついにはケラーまでもが、文字通り捕らわれてしまう。
ポール・ダノは出てくるだけで"何かただならぬ役"(こちら側をイライラさせるプロ)と感じさせる。「ほんとにこいつ」が犯人ではと父親と同じ疑いを観客にもたせる。48時間の勾留期間を過ぎて釈放された際、警察署の前で言った台詞などは、まさにそう思わせる(この台詞、物語の核心が判明した時に"乗せたこと"の意味を知ることとなる)
一部、語られているキリスト教原理主義とフリーメーソン(ロキ刑事の指輪など)バックボーンも確かにあるが、ここはその辺をさしおいての独特のストーリー展開に酔った。散りばめられた謎の回収が微妙にズレながらピース、ピースがはまっていく感じが"スキっとしないけれど"フェアにおこなっていて実に妙味だ。
ヒュー・ジャックマンの父親ケラーがもしアレックスを囚えていなければ事件はもっと早く解決していた可能性のほうが高い(単純に宅を見張り、時折話を聞けば、その場所こそが確信すべき場所であることがわかるはず)。
それほどロキ警察官の捜査は確信部分に近づいていたと思えるシーンが多々ある。
・最初にアレックスを育てている叔母の家に着いた際に調べている古い車、実は…。
(扉越しに犬を抱いた叔母が見ていて、すぐに「何か?」と聞いてくる)
・叔母の家で失踪した夫の写真を見ている(迷路のようなデザインのペンダントも見ている)←この時、観客には見えない。
・神父自宅地下室で発見した死体の胸にあるペンダント←今度は観客にも見える。
・失踪したまま見つからない子供の家に行っている。(実は…)
妄信的に何かを追い求め、事実とは違ったものと見誤った結果、起こりうること。
26年間誘拐されていた者をさらにとらえて加虐してしまうケラー。
これは考えてみると何とも言えない過酷な仕打ちを与えたこととなる。
悪意なき盲信、とらわれのこころ…
それこそが(全ての)事件の全体像が見えた際に浮かび上がる本作の根幹たるものと言えるのではないだろうか…。

Memo2
撮影のロジャー・ディーキンス
映画が始まってすぐ鹿狩りで森の中にいる父と息子。その森のピンと張りつめた空気までが伝わってくるシーンから幕を開ける。
そして本作、曇天か雨か雪、みぞれ混じりの雨と全く晴れ間がない。その見ているこちら側まで凍てついてしまう風景の中、ぶれることなくトーンが続く。まさに隅から隅までゆき届いたショット、カメラワーク。
「チェンジリング」のカット切り替りタイミングと似ていると思っていたら編集がイーストウッド監督作品を多数手がけているジョエル・コックスゲイリー・D・ローチでした。
ゆっくりと対象物に近づいていくディーキンスの映像と相まって比類なき効果をあげている。

Prisoners2

映画『プリズナーズ』オフィシャルサイト
http://prisoners.jp


| | トラックバック (33)

2014-04-09

アデル・エグザルコプロス、レア・セドゥ主演、アブデラティフ・ケシシュ監督『アデル、ブルーは熱い色(La vie d'Adèle – Chapitres 1 et 2)』"絵画のように、彫刻のように"

アデル、ブルーは熱い色
(仏: La vie d'Adèle – Chapitres 1 et 2)
(英: Blue Is the Warmest Colour)
アブデラティフ・ケシシュ監督
アデル・エグザルコプロス
レア・セドゥ

第66回カンヌ国際映画祭
パルム・ドール受賞(主演女優の2人にも)

物語・教師を夢見る高校生アデル(アデル・エグザルコプロス)は、運命的に出会った青い髪の画家エマ(レア・セドゥ)の知性や独特の雰囲気に魅了され、二人は情熱的に愛し合うようになる。数年後、念願の教師になったアデルは自らをモデルに絵を描くエマと一緒に住み、幸せに満ちあふれた毎日を過ごしていた。しかしエマの作品披露パーティーをきっかけに、二人の気持ちは徐々に擦れ違っていき…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Adele1

Memo1
ジュリー・マロ原作のBD「LE BLEU EST UNE COULEUR CHAUDE」は未読。
既報で知ったことだけれど原作と主人公の名前は違う。演じたアデル・エグザルコプロスと同じアデルに(本編でアラビア語で"正義"を意味する名前だという台詞がある)
実際の血筋もキャステイングに影響していると監督が語るとおりエマを演じたレア・セドゥーの存在感、オーラはすごいものがある。そして終始、口元が開いたままの一見何を考えているのか、わからない思春期特有の雰囲気と一途さを合わせ持つアデル・エグザルコプロス。まさに、このふたりなくしては成立し得ない傑作となっている。
誰かを好きになった時のドキドキした高揚感(アデルとエマのようにお互い女性であったとしても)から付き合い始めた充実感、やがて別れを迎え、おとずれる喪失感…、それらのこころの動きをアデルと共に感じ入ることができる。
このタイプの作品は激情型でエキセントリックになりがちだが、そういった気分とは違ったある種の清々しさをも持っている。
「絵画のように、彫刻のように」と監督が語っているとおりクローズアップは塑像の如く、ロングや通常のショットは絵画の如く撮られている。(その光の透過性、うつろう季節の公園、木陰のベンチ)
エマとアデル、ふたりの性描写が濃密にして執拗。本編中盤(1時間以上過ぎてから)に用意されている7分間は劇場で「あ、今、隣の席の人が生唾飲んだな」ということがわかるぐらいの静けさと切迫感。そして彫刻を謹刻するが如くに撮られた映像。
この後2回のふたりの性愛シーンはそれぞれの家族の家に招かれ食事をした後に出てくる(おそらく意図的に配置されたシーン?)
ちなみにこの家庭環境の差(インテリアから食事、会話に至るまで細かく)は、そのままエマとアデルが選ぶ職業(画家と教師)にも影響している。文章を書くことを勧められるが全くその気が無いアデル。
エマの絵のモデルとなるアデル。
自宅でのパーティで「私の創造の女神でもある」と紹介される。
また、絵画についての会話でエゴン・シーレやクリムトについてのやり取り。
クリムトを想起するといった相手に対して。
「クリムトは好きじゃない。装飾的すぎる」
※金箔を配したものは装飾的だが素描などを見ると、この指摘(エマの絵画に対して)は結構的をえてるのでは?と思う。(もちろん、ここのシーンはよくある芸術家やインテリの会話の一端として描かれている)
17歳のあどけなさが残るふっくら顔から卒業して教師の道へ踏み出した大人の女性へ変わっていく姿をヘアスタイルやファツション。
最初、街角ですれ違い一瞬、目が合うエマとアデル。
エマのブルーの髪の色はやがてアデルと一緒に暮らし始め、絵のモデルをする辺りから普通のヘアスタイルへと変化する。
(その象徴的であったブルーはアデルの着る服装に転化されていくかのよう)
ラストはまるで禊のように、身を清めるように、はたまたエマに会える喜びと諦観を諌めるようにシャワーを浴び赤いマニキュアをぬって青いドレスを着てエマの個展ギャラリーへと向かう。
そして、そこには"あんなに愛しあった日々"は遠きにありてといった、空気が漂い、すっとギャラリーを出て煙草に火をつけ立ち去っていくアデルの姿で幕を閉じる。

Memo2
撮影カメラはIMDbのスペックを見るとCanon C300となっていて、2012年発売カメラなので本作撮影時、最新のものを使用していたこととなる。
それにしても、この透明度のある映像はデジタルでもこういった肌触りのものにもなるのかと驚いた。
撮影監督はソファニ・エル=ファニ

Adele2

Adele3

映画『アデル、ブルーは熱い色』公式サイト
http://adele-blue.com/


| | トラックバック (18)

ウディ・アレン監督、ケイト・ブランシェット主演『ブルージャスミン(Blue Jasmine)』

ブルージャスミン
(Blue Jasmine)
ウディ・アレン監督
ケイト・ブランシェットが本作でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞(ドラマ部門)の主演女優賞を受賞した(他、各種映画賞多数)

物語・ジャスミン(ケイト・ブランシェット)は夫ハル(アレック・ボールドウィン)とニューヨークでぜいたくな生活を送っていたが、全てを失い、サンフランシスコに暮らす妹ジンジャー(サリー・ホーキンス)のアパートに身を寄せる。過去のセレブ生活にとらわれ、神経をすり減らしていたジャスミンだったが、ある日お金持ちの男性ドワイト(ピーター・サースガード)と出会い、自分の身の上についてうそをついてしまう。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

B_j

Memo1
なるほど海外評で書かれている通り映画化もされたテネシー・ウィリアムズ原作「欲望という名の電車」を想起。(ウディ・アレン監督がそのことについて言及してるかは未確認)
本作の過去(ニューヨーク)と現在(ロサンゼルス)の流れるような地続き感はそのままジャスミンの混乱と繋がっていて、さすがウディ・アレン監督といった巧みさ。
冒頭、機中。隣の席の人と話しているジャスミン。
しかし、それはいつの間にか、エッ⁉︎だ、誰に向かって話してるの⁉︎という全くの独り言(自分語りへ)と変わっていく。(自分は気づいていない)
ロサンゼルス空港について、迎えに来た人とその隣の人の会話。
「知り合い?」
「あの人、私に話しかけているかと思ったらずっと自分のことを話し続けているの」
家も財産も夫も全てを失いジャスミンが身を寄せることとなった妹ジンジャーの家とライフスタイルとの落差。そして全く今までの自分の周りに存在すらしなかったタイプの妹の夫(このあたりが「欲望という名の電車」とダブるところ)
※その何故失ったのか、といった理由が最後の最後に判明するあたりの構成も唸った!
そんな中、出会う裕福な男性ドワイト。
これは逃せられないチャンスと思い過去の出来事を隠しウソをついてしまう。
(そもそもジャスミンという名前も自分で勝手につけた、いわばセルフプロデュースなのだが…)
ふたりの間は親密になって一瞬、病もおさまってきたのかと思いきや妹の元・夫に過去をバラされてしまい、息子からも「もう顔も見たくない」と告げられ最後にはさらなる精神的崩壊をもたらすこととなる。
カール・ラガーフェルドによるシャネルのジャケット(※)。いつも同じケリーバックを持ち歩き、それらのファッションがジャスミンの唯一の拠り所にも見えて哀しい。
とにかくケイト・ブランシェットのアカデミー賞受賞納得の凄まじい演技に目が釘付けとなる。
終盤、もはや総毛立つ怖さ‥
脇汗を滲ませての過去(フランス人の家政婦のことを愛していると告げられ、取り乱し夫ハルにわめき散らす)と現在(ある事がきっかけで仲が悪くなっていた妹夫婦の寄りが戻っているところへドワイトと破談となったジャスミンが戻ってくる)の描写。
※「サンセット大通り」でのグロリア・スワンソンのあの姿を思いだした)
そして、妹の部屋を出て通りのベンチに腰をかける。
ぶつぶつ、何かをつぶやくジャスミンに隣で新聞を読んでいた女性が気味悪がって場所を離れる。
そこに流れる"Blue Moon"(思い出の曲だ)
もう言ってることが支離滅裂になっているジャスミン。
そこで幕を閉じる。

Memo2
撮影は「それでも恋するバルセロナ」に続いて2作目となるハビエル・アギーレサロベ(Javier Aguirresarobe)
ウディ・アレンというといくつかの例外を除いて暖色系(ウォームトーン)がベースとなっているがロサンゼルスが主だった舞台となる本作も。
衣装デザインは「セレブリティ」「それでも地球は廻っている」Suzy Benzinger
カール・ラガーフェルドがケイト・ブランシェットのために制作したシャネルのジャケットに対してSpecial Thanksが(※)
"Special Thanks to Karl Lagerfeld for the CHANEL jacket created especially for Cate Blanchett"

映画『ブルージャスミン』公式サイト
http://blue-jasmine.jp/

| | トラックバック (28)

2014-04-05

エドガー・ライト監督、サイモン・ペッグ、ニック・フロスト『ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う(The World's End)』

注・内容、ラストに触れています。
「ホットファズ」「ショーン・オブ・ザ・デッド」などのエドガー・ライト監督によるSFコメディ『ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う(The World's End)』出演はお馴染みサイモン・ペッグニック・フロスト。他にパディ・コンシダインマーティン・フリーマンロザムンド・パイクピアース・ブロスナン、他

物語・ひと晩に5人で12軒のハシゴ酒という学生時代に達成できなかった挑戦にリベンジすべく、故郷であるイギリス郊外の街ニュートン・ヘイヴンに戻ってきたゲイリー(サイモン・ペッグ)、アンディ(ニック・フロスト)ら中年男性たち。終点となる12軒目のパブ、ワールズ・エンドを目指して、ひたすら飲みまくっては大騒ぎする彼らだったが、どこか街の住民たちの様子がおかしいことに気付く。そして…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Worldend1

Memo1
またまたままたたままままたまた、やりましたたたた←(酔ってる?)エドガー・ライト監督サイモン・ペッグニック・フロスト
宇宙人(地球全体を覆って全てを司る"ネットワーク"のような存在←ボイスキャストがビル・ナイ!)によって町に住む人間が変えられてしまった青い血のロボットのスッポンスッポン取れる手脚の音も含めてなんたるバカバカしさ、面白さ、妙な痛快さ!そんな世界から見捨てられたような男が世界を救う(自分を救う)お話。
「世界が終わるその日まで俺たちはビールを飲むぞー」ということからの展開図みたいな広げ方をして到着地点が12番目のパブ「The World’s End」
あの時が1番輝いていたなんてことは言わせない。
そんなダメ人間が「The World’s End」まで到達して"ネットワーク"←(これ結局日本的に言うと世間体、あるいは常識、あるいはみんな横並びでいましょうねー的存在)と対峙する。
ここからの"ネットワーク"とゲイリーとのやり取りと結果、めちゃくちゃ面白いです!(諦めるというか呆れはてる"ネットワーク" 笑)
そして、ゲイリーのちょっと切ない部分も垣間見えたりしてホロリ。
この映画を単なるSFコメディではない傑作になった理由でもあります。
割と穏やかな語り口で高校生の五人の姿が映しだされるオープニングからは(もしプロットも何も知らずに見たとしたら)想像もしないクライマックスとエンディング!←(おや?ニック・フロストが「クラウド アトラス」のもしや"あの人" 笑)
このオープニングの場面(高校生活や卒業の日にパブを回っているところ)や登場人物はそのまま後半のはしご酒シーンとリンクするようになっている。4軒目のニュートンヘイブンでゲイリーが壊したトイレの壁をまた壊そうとするシーン、そして、ここからがロボット登場となり話がすごい方向に転がり始める。(アクションシーンはあの"酔拳")
"スリー・フレーバー・コルネット三部作"と呼ばれる『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004年)『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』(2007年)そして本作。
その中ではこの「ワールズ・エンド」が1番好みな映画だなぁ。
幾度も映画化されているジャック・フィニィの「盗まれた町」からジョン・カーペンター「ゼイリブ」「光る眼」まで古今東西このタイプの話は大好物。
夜の街中に不気味に少しずつ増えていくロボット…。そして青い光を眼と口から発光させながら追いかけてくる絵面。
紅一点(5人と一緒にロボット相手のファイトシーンもキレてます)のサムを演じたロザムンド・パイクピアース・ブロスナンがガイ・シェパード先生役で出ているので奇しくも「007ダイ・アナザー・デイ」以来の共演ということに!!

Memo2
タイトルデザイナー(タイトルデザインプロデュース名義はマット・カーティス)はOSCAR WRIGHT(エドガー・ライト監督と兄弟)
ショーン・オブ・ザ・デッド、ホット・ファズ、宇宙人ポールなど。スコット・ピルグリムではコンセプトデザイナーも。

Worldend2

Edgar Wright Here
(エドガー・ライト監督公式サイト)
・12軒のパブ・ロゴなどもPDF掲載されています。
http://www.edgarwrighthere.com/

映画『ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う』
http://www.worldsend-movie.jp/

| | トラックバック (18)

2014-04-02

中村義洋監督、井上真央、綾野剛主演『白ゆき姫殺人事件(THE SNOW WHITE MURDER CASE)』

注・内容に触れています。
湊かなえ
の同名小説を映画化『白ゆき姫殺人事件(THE SNOW WHITE MURDER CASE)』監督は『ゴールデンスランバー』などの中村義洋。出演は井上真央綾野剛菜々緒貫地谷しほり金子ノブアキ蓮佛美沙子、他

物語・人里離れた山中で10か所以上を刺され、焼かれた死体が発見される。殺害されたのは典子(菜々緒)で、容疑者は化粧品会社のOL城野美姫(井上真央)。テレビディレクターの赤星雄治(綾野剛)は、美姫の同僚、家族、幼なじみなどに取材。典子が美姫の同期入社で、美人で評判だった一方、美姫は地味で目立たない存在だったことが報道され…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Shirayuki_1_2

Memo1
原作、未読で鑑賞。
twitterについては公開時から語られているとおりリツイート(公式、非公式含め)が画面上ないこと(拡散の仕方が掲示板的)が確かに違和感ありだが、あえてバッサリ落とした気がしないでもない。(つぶやかれるツイートをテキスト文字で埋め尽くして音声を何十何百と重ねていく手法もできたかもしれないけれど、それは普通に思いつくことすぎて既に見た気がするし…)
twitter(SNS)やワイドショー(メディア)によるデマやゴシップ拡散についての話、様々な角度のくい違う証言(羅生門アプローチ)、ワイドショー司会者からテレビ局の人間、同僚に至るまで"はっきりくっきり"ステレオタイプのキャラクター造形、犯人らしくみせるための演出、全く登場しない(捜査している)警察側(登場人物)など思うところはいろいろあるけれど妙に引っかかったのは美姫の拠り所となっている「赤毛のアン」のこと。
パンフでもほとんど言及されてない(2ヶ所)。
で、せっかくなので(的外れとしても)意図的に逸脱した感想を。
アンとダイアナとギルバートと
「赤毛のアン」のアンとダイアナが行っていた事と同じように蝋燭の灯による信号(点滅させて)で励ましあう幼なじみ。美姫と夕子(貫地谷しほり)
(↑twitterではないのが…)
全ての事件の真相が判明し、祖母の葬儀のために実家へ帰った美姫。
いたたまれない気持ちのまま、昔と変わっていない自分の部屋へ。
美姫の瞳にふと映り込む小さい光の点がぽっと灯る。
蝋燭の灯。
夕子だ。
急いで机の引き出しから蝋燭を取り出し、信号を送りかえす。
同じく「赤毛のアン」でアンのことを「ニンジン」とからかったギルバートが謝りたおしても5年間無視し続けたのと同じように掃除のときに蹴った雑巾が美姫の頭の上にのってしまった江藤(初恋の相手)が毎日毎日謝ってくることに対して無視し続けた城野美姫。
「よし、今日学校に行ったときに許してあげよう」と思った、その前日に江藤は脚を骨折して入院したことが判る。
偶然?
想像してみる。
想いを寄せたり関わった人たちが次々と不幸に見舞われていくことを。
・焼けた神社の祠(夕子と行った呪いの儀式のあと)
・骨折した初恋の相手、江藤
・ついに念願かなって(実は真犯人にそそのかされて殺害された典子から奪ったチケットで)見られるはずだった幻の芹沢ブラザーズ、雅也が目の前で階段から転げ落ちる。
・自分の娘のことが信じられないのか、あっさりテレビカメラの前で土下座する父親。
・発端は三木典子殺害事件、違う方向に誘導され始める発端は契約テレビディレクターの赤星、その話の発端は典子、美姫と同僚の狩野里沙子(蓮佛美沙子)、そして戻ってその発端は…。
自覚と無自覚。
想像と妄想。
(アンの想像と同じように「いいことあるよ」とイメージを膨らませる…妄想的でもあり…)
ラスト近く
お詫び行脚中の赤星を車でひきかけた城野は偶然にしても怖すぎる。
(お互い気づいていないにしても…いや、これは自覚的?)

Shirayuki_2

Memo2
宣伝美術は(サイファ)岡野登さん、宣伝写真はレスリー・キー
パンフレットデザインは大島依提亜さん
全体デザインがタブレット端末型。
本文ページはtwitterのようなレイアウト
(劇場で隣のカップルがパンフを取り出して「おぉっ」と声をあげていた)
全50ページ!

Shirayuki_mac

映画『白ゆき姫殺人事件』オフィシャルサイト
http://shirayuki-movie.jp.s3-website-ap-northeast-1.amazonaws.com/


| | トラックバック (31)

シルヴェスター・スタローン、ロバート・デ・ニーロ主演、ピーター・シーガル監督『リベンジ・マッチ(GRUDGE MATCH)』

注・内容に触れています。
シルヴェスター・スタローン
ロバート・デ・ニーロという共にボクシング映画の傑作に出演した二人がまさかの共演。そしてリングに挑む『リベンジ・マッチ(GRUDGE MATCH)』監督はコメディを多く手がけているピーター・シーガル

物語・1980年代初頭のピッツバーグ。お互いにすさまじい対抗心をむき出しにし、チャンピオンを目指して連戦連勝を重ねてきたボクサーのヘンリー・“レイザー”・シャープ(シルヴェスター・スタローン)とビリー・“ザ・キッド”・マクドネン(ロバート・デ・ニーロ)。ついに決勝戦を迎えることになった二人だが、試合前夜にヘンリーが突然の引退を表明してしまう。決着もつかないまま30年が経過、そして…。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Grudge_match2

Memo
「裸の銃を持つ男 33 1/3 最後の侮辱」が監督デビュー作のピーター・シーガル。その後「50回目のファースト・キス」「N.Y.式ハッピー・セラピー」「ロンゲスト・ヤード」とアダム・サンドラーと3作品連続で監督。他に「ゲット スマート」
と、言う事で本作のカテゴリーはいわゆるコメディ寄りのドラマ?
撮影がコメディから詩的なドラマ(「ダンス・ウィズ・ウルブズ」でアカデミー賞受賞)まで幅広く手がけているディーン・セムラー
絵面(えづら)的にも実年齢的にも大丈夫かぁ~、と実際に思ってしまう無理なタイトルマッチ。
誰もがすぐに思い出すデ・ニーロ「レイジング・ブル」VSスタローン「ロッキー」のボクシング映画(実際、判りやす〜い両作想起シーンもあり)
父親が過去レイザー(スタローン)vsキッド(デ・ニーロ)戦を取り仕切ったプロモーターのダンテJr
最初から再戦を企てたわけではなくボクシングゲームのキャラクターとしてパンチのデータがほしいと持ちかける。
しぶしぶ、キッドとは顔を合わせないという条件で参加することに。
全身グリーンのモーションキャプチャースーツを着たレイザーにダンテJrが
「まるでバズ・ライトイヤーだな」
直後にキッドが予定より早く現れて鉢合わせ。
予想通りの大喧嘩。
ついに再戦を行うことへと。
大人げないキッド、落ち着いたレイザー
(引退後の対照的なふたりとも重なる)
レイザーのコーチトレーナー役ライトニングとしてアラン・アーキン、過去に一瞬の過ちでキッドと関係を持ってしまう元・恋人サリーをキム・ベイシンガー(!)←知らなかったのでビックリ。
で、その一夜の過ちの時にできたのが息子。
親譲りなのかジムでの的確なアドバイスによりキッドのトレーナーに。
方やサリーはレイザーとよりを戻し試合当日、観客席に。
この辺り母と子で一悶着あるかと思いきや、割とそのあたりはスルー。
最大のオチはエンドクレジット。
一応、2段オチ(すぐに始まるので席を立ちかけた観客が、戻ったり立ち止って見たりぐらいに"すぐ")
・まずは、その後のキッド
TV"Dance with Star"で華麗ににこやかにダンス披露
それを見ている三人。
レイザー「両方、見えてなきゃよかった」とひと言。
酢と称している"あるもの"に脚をつけているダンテJr
・そして続いて(こちらの方がまさかの共演?)
マイク・タイソンvsホリフィールドのふたりが並んで画面に収まっている。
因縁のふたりを再戦させようと働きかけるプロモーター、ダンテJr
首を縦に振らないタイソンに
「マンションをつける」
「ベントレーをつける」
「"ハングオーバー4"の主演」
なんというオチ 笑

Grudge_match1_2

映画『リベンジ・マッチ』オフィシャルサイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/grudgematch/

| | トラックバック (15)

« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »