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2015-03-29

『バードマン あるいは (無知がもたらす予期せぬ奇跡)』Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance) アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督、マイケル・キートン、エマ・ストーン、エドワード・ノートン、ナオミ・ワッツ、ザック・ガリフィナーキス、他

注・内容、台詞、ラストについて触れています。
バードマン あるいは (無知がもたらす予期せぬ奇跡)
BIRDMAN OR (THE UNEXPECTED VIRTUE OF IGNORANCE)

監督 : アレハンドロ・G・イニャリトゥ
出演 : マイケル・キートンエマ・ストーン
エドワード・ノートンナオミ・ワッツ
ザック・ガリフィナーキス、他

物語・かつてヒーロー映画『バードマン』で一世を風靡した俳優リーガン・トムソン(マイケル・キートン)は、落ちぶれた今、自分が脚色を手掛けた舞台「愛について語るときに我々の語ること」に再起を懸けていた。しかし、降板した俳優の代役としてやって来たマイク・シャイナー(エドワード・ノートン)の才能がリーガンを追い込む。さらに娘サム(エマ・ストーン)との不仲に苦しみリーガンは舞台の役柄に自分自身を投影し始め…

Mirdman

Memo1
「バットマン」を演じたマイケル・キートンが、かつてヒーロー"バードマン"だった主人公リーガンを演じる。
エドワード・ノートンは『ハルク』
ナオミ・ワッツは『マルホランド・ドライブ』で役者に憧れ(『キングコング』にも出てた!)
そしてエマ・ストーンは『アメイジングスパイダーマン』に、と逆説的批評性はキャスティングから内容にいたるまでが微に入り細に入り繰り広げられる。
冒頭直ぐにこんな台詞
(代役が必要になって探す段になってプロデューサーのジェイクとの会話←ザック・ガリフィナーキスがいつもとは違った印象の役回りで好演!)
「ウディ・ハレルソンは?」
「ハンガーゲーム撮影中」
「マイケル・ファスベンダー」
「X-MEN撮影中」
「ジェレミー・レナー」
「誰?」
「"ハートロッカー"の」
「アベンジャーズを」
「あいつまでもか」
と、ことごとくダメ。
最後は楽屋でインタビューを受けているロバート・ダウニーJrがテレビに映ってアイアンマンとアベンジャーズの続編について語っている姿が 笑
"白いブリーフは似合わない"
と、いうかめちゃくちゃ似合っている(と、言うと失礼か)。プレビュー最終日、ラストシーンを前に通りに出たところをガウンが挟まった上にオートロックがかかってしまい劇場に戻ることが出来なくなる。
仕方なくガウンを諦め、パンツ一丁になってメインストリートに出て表玄関から劇場に入ることとなる。
「バードマン?」「バードマンだ」
道行く人々がスマホで写真、動画をバシバシと撮る。
(これが功を奏して一躍時の人に。しかし、プレビュー公演はパンツ一丁で客席から入っていくことに…)
そのあとのニューヨーク・タイムズの批評家との会話(リーガンがぶちまける台詞「レッテルを貼るだけだ」など批評に対してボロクソに)、明けて酔いつぶれて目を覚ますリーガン、ついにはバードマンそのものが…。
(あ、白パンツとは別でエドワード・ノートンのまるで志村けんさんのコントのような白タイツも強烈ですが 笑)
エマ・ストーン演じる娘、サム。
施設でやらされたというトイレットペーパーにひたすら棒を記入する。
(彼女にとって、父リーガンがFacebookもtwitterもYouTubeもやらずにズレていることがたまらなく嫌なのがわかってくる伏線があっての前述、プレビュー最終日後のリーガンとの会話の台詞がよい→「人類誕生から今までがたったこれだけ」「いかにちっぽけかがわかる」「これがネットの力よ」)
この楽屋での少し理解し合えるシーンがとてもよい。
(それはそのままラストにも繋がる)
ラスト
(一応、生きているという前提で以下)
リーガンがそれこそ"無知がもたらす予期せぬ奇跡"によって(鼻をとばすが…)公演は大成功。批評も好評。
入院したベットで目を覚まし、周囲の人たちやサムと会話。
マスクのような包帯(まるでバードマン)を外し、
見上げる空には!
そして花瓶に水を入れに外に出ていたサムが病室に戻るとリーガンがいない。
(!?飛び降り?)
窓の下を見て、空を見上げるサム。
見たものは
暗転して笑い声でエンド。
(このいかようにも取れる終わり方は最強だ。何故だか、変に力が湧いてくるのは何故だろう?
傑作!)

Memo2
エマニュエル・ルベツキによるまるでワンカットで撮影されたかのようなカメラワーク。
(これは現実と幻想が切れ目なく地続きで描かれている本作にピッタリ。おそらくは監督からの要望もそういうことだったのかな?と推測)
さらにはブロードウェイの劇場とその周りの風景含めての空気(暮れてゆく、或いは明けてゆく時の流れ)まで捉えていて、なんとも魅惑的な撮影。そこをドラムのビートがいざなうように動いていくカメラ、視点。
(サムが劇場屋上で腰掛けて通りを見下ろしているあたりの色合いといい空気といい、最高です)
前述のそのドラム、アントニオ・サンチェスによる音楽が同じく切れ目のない浮遊感を保ち続ける。
(これまた、いつの間にかリーガンの心情と呼応するようになっていく感じが圧巻)
Main Title Design はBLT Communication,LLC
(主にKeyArt含め膨大な量のアートワークの数々を製作)
http://bltcommunications.com/Home/

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
公式サイト

http://www.foxmovies-jp.com/birdman/

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2015-03-19

『ヒックとドラゴン2(How to Train Your Dragon 2)』ディーン・デュボア監督

注・内容、台詞などに触れています。
ヒックとドラゴン2
How to Train Your Dragon 2

監督・ディーン・デュボア
音楽・ジョン・パウエル

Dragon2

Memo
(うっかりツイートを見てしまった→)噂で流れていた3部作の中間作ということの弱みの部分はあまり感じられなかった。
1作目が独立して面白いのは各キャラクター造形も世界観も一から創られたオリジナリティ故のこと。確かに序盤のヒックとトゥースレスの出会いから乗りこなせるようになるまでの積み重ね描写と"GO!"と声をかけたくなる飛翔シーンは本当に素晴らしかったが、少年とドラゴンの成長物語という軸から考えると『ヒックとドラゴン2』はすごーくよくできている。
トゥースレスがさらにネコ化(笑)している冒頭ヒックとじゃれ合うシーンは見ていて頬が緩む。
本作の肝
・ヒックが族長を継ぐことを拒んでいる。
・出生時の秘密(母親の登場)←これは予想していなかったサプライズ←しかもドラゴンマスター←しかもドラゴンとの接し方がヒックと同じ手法
・父、ストイックの死(操られたトゥースレスがヒックにプラズマ砲を吐く瞬間にかばって亡くなる、まさに本作の肝)
・「アルファ」と呼ばれるドラゴンたちの原生種の登場。
・ヒックと対(つい)となる敵ドラゴ←ドラゴンによって片腕を失っている(力によってドラゴンをねじ伏せ従わせている)←同じく脚を失ったヒックとは真逆の対処。
冒頭、(自分が住んでいる世界の外側を知るために)地図作りをしているヒック。のちに母親ヴァルカと再会したとき、氷の上に描いてくれた地図のほんの一部分でしか無いことを知るシーンも用意されている。
ヴァルカも
母ヴァルカのドラゴン、クラウドジャンパートゥースレスのじゃれ合いシーンが楽しい!どちらかというとクラウドジャンパーの方が先輩風をふかせている(とはいえ食事シーンでは一度全部食べてしまった魚を戻すして←笑 トゥースレスに与える兄みたいな感じでもあったり)
最後にトゥースレスがドラゴ側アルファを打ち負かした際、リスペクトにあふれた拝礼シーンというオマケもついています。
小が大を倒すラストのカタルシスは前作から受け継がれている。
その前段階にあった、よいアルファと悪い(操られた)アルファの対決はまさに2大怪獣対決(←サンダ対ガイラみたいなというとちょっとたとえ違いか…)
子供のドラゴンはアルファの命令に従わないという設定は3作目でもいかされるのだろうか?
今回のヒックたちがバーク島へ戻るための残された手段としてだけでは勿体無いと思うのだが…。
音楽が前作(飛翔シーンとの見事なマッチングスコア)に続きジョン・パウエル(←DreamWorksAnimation作品を多数手がけている)
あ、民族音楽的旋律減っていたかも。
ラスト、母の台詞
「族長としてのハートとドラゴンの魂を持っているのよ」
そして族長を受け入れたヒック。
最後はバーク島でのドラゴンレースのシーンにヒックのモノローグが重なってこう締めくくられる。
「軍隊も何も持っていない小さな存在だけど、この世界を変えていけると信じている」
「そう、僕たちにはドラゴンがいる!」

映画『ヒックとドラゴン2』Blue Ray&DVD
オフィシャルサイト
http://video.foxjapan.com/release/httyd2/

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2015-03-12

"Think different"『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(The Imitation Game)』モルテン・ティルドゥム監督、ベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレイ、マーク・ストロング、他

注・内容、台詞に触れています。
イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密
The Imitation Game
監督 : モルテン・ティルドゥム
脚色 : グレアム・ムーア
出演 : ベネディクト・カンバーバッチ
キーラ・ナイトレイマーク・ストロング
マシュー・グードチャールズ・ダンス、他

物語・第2次世界大戦下の1939年イギリス、若き天才数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)はドイツ軍の暗号エニグマを解読するチームの一員となる。高慢で不器用な彼は暗号解読をゲーム感覚で捉え、仲間から孤立して作業に没頭していたが、やがて理解者が現れその目的は人命を救うことに変化していく。いつしか一丸となったチームは、思わぬきっかけでエニグマを解き明かすが…。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Tig

Memo1
戦後、戦中(エニグマ暗号解析の主だったる部分)、少年時代(寄宿舎)の3つのパートによる構成。これが、また非常にかっちりとした作りで、そのあたりのオーソドックスさがアランの孤独さと変わった部分を浮かび上がらせている。とりわけ少年時代における哀しいエピソードは後々まで影響を与えたのだなぁ、ということがわかり痛切である。そしてアラン・チューリングが同性愛者であったことが、その後の人生に変節を与えてしまう(現在と違って当時、逮捕されるほどの罪となされていた)
その寄宿舎生活を送っていた学生時代に唯一、アランを助けてくれた親友のクリストファーとの会話。
「僕は母からも変わり者だと言われる」
「変わり者だからこそ偉業をなし得る(不可能を可能にする)」
このフレーズは1997年アップルが用いた広告キャンペーンのフレーズを思い出さずにはいられない。
〜前文略〜
彼らはクレージーと言われるが 私たちは天才だと思う。
自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが
本当に世界を変えているのだから。
Think different

のちに人工知能開発における重要な鍵となる「チューリングテスト」(答えは機械が出したものか否かの判定としての考え方)
その初期バージョンが「イミテーションゲーム」
おそらく、様々な事柄(同性愛者として逮捕された際の刑事とのやりとり)とのダブルミーニングとして選ばれたタイトルだと思いますが、秀逸。
いろいろ映画の題材になってるエニグマですが、真っ先に思い浮かんだのは暗号解読のための諜報機関ウルトラのことも出てくるコニー・ウィリスのタイムトラベル小説『オールクリア』(「ブラックアウト」と「オールクリア」が2分冊の合計3冊からなる超特大巨編)のことが。←アラン・チューリングとニアミスも!?(ちなみに英国王のスピーチをその時代にラジオで聴くシーンなども)
本作を見てから読むと描写されている風景やファッションもイメージしやすく、すごくよいかも( ´ ▽ ` ) ミステリー小説マニアの女性もタイムトラベルしているので、そのあたりでもお楽しみが!
またしても音楽がデスプラ
アカデミー賞に本作と『グランドブタペストホテル』の2作品でノミネート(8回目)されるほどの売れっ子ぶり。(そういえば『英国王のスピーチ』もデスプラでした)
独特の旋律ループとでも呼ぶべきメロディラインのインパクトは大(鳴りすぎの映画もありますが…)
キーラ・ナイトレイが演じたアラン・チューリングを支えた女性ジョーン・クラーク(一度、婚約をするがジョーの立場が悪くなることを懸念しアランの方から破棄。その前にあったプロポーズシーン、ラストでの再会シーンといいシーンが多い)
そのジョーンを(これも当時の偏見的というか保守性というか)女性であるからという理由で断らずチームに入れるあたりにもアランの気質(性格・信念)がうかがえる。
チーム人員募集がクロスワードパズルというあたり、伝説的なgoogle社員募集看板広告を思いだした。
マーク・ストロングが『裏切りのサーカス』と同じくMI6繋がり。実は本当にMI6だったら更にビックリするけど(ル・カレみたいに)
出てくるだけで重厚さが増すのはさすが!
そして最後にベネディクト・カンバーバッチによるアランチューリングという極めて複雑な人となり(信念は揺るがないのだが、真実を打ち明けられない内的矛盾を持った)を造形してみせた凄さ。

ラストに出る字幕の本当に一番最後。
TURING'S WORK INSPIRED GENERATIONS OF RESEARCH INTO
WHAT SCIENTISTS CALLED "TURING MACHINES"
TODAY,WE CALL THEM COMPUTERS.
「のちの研究者に影響を与えた機械のことをチューリングマシンと名付けた」
「今日、我々はそれをコンピューターと呼んでいる」
エニグマ解読後、ドイツ軍にさとられないよう全てを秘密にしておくために燃やされる資料やマシン。
その火を囲むように映しだれるアランやジョーン、解読チームの仲間。

Memo2
タイトルデザインが奇しくも日本では同日公開(2015年3月13日)のホーキング博士とその妻を描いた『博士と彼女のセオリー』と同じどちらもMatt Curtis (他にも日本公開作で直近だと『トラッシュ! この街が輝く日まで』も)
Googleが2012年6月23日のホリデーロゴに選んだのがアラン・チューリングの生誕100周年を記念したデザイン。
http://www.google.com/doodles/alan-turings-100th-birthday
・WIREDの記事・
LEGOで作成されたチューリング・マシン(動画)
http://wired.jp/2012/06/22/lego-turing-machine/

公式サイト
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』
http://imitationgame.gaga.ne.jp/

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2015-03-07

『幕が上がる』本木克英監督、平田オリザ原作、ももいろクローバーZ、黒木華、ムロツヨシ、他

幕が上がる
監督 : 本木克英
原作 : 平田オリザ
出演 : ももいろクローバーZ(百田夏菜子、玉井詩織、高城れに、有安杏果、佐々木彩夏)
黒木華ムロツヨシ清水ミチコ、他

物語・地方都市の県立富士ケ丘高等学校2年生の高橋さおり(百田夏菜子)は、部長を務める演劇部最後の1年を迎えようとしていた。それぞれに個性豊かな部員たちと共に年に1度の大会、地区大会突破を目標に稽古に励む中、元学生演劇の女王だという吉岡先生(黒木華)が赴任してくる。吉岡の指導の下、全国大会出場を目指し彼女たちの演劇に打ちこむ日々が始まる。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Makuga

※Memo
ドキュメンタリー的印象
見た誰もが感じる実際の演者(演出家)としての成長と映画の中での(ももクロの)成長がシンクロしている。その一直線の清々しさに素直に感動せずにはいられない、愛すべき作品。
黒木華演ずる吉岡先生。
やる気あるのだかないのだか、最初は演劇部員たちと妙な接し方(つきはなすでもなく、演劇には興味ありそうでなさそうな)だったのが、実は!!!という即興演技を見せた途端の台詞。
「あー、やっぱ、ダメだな」
ひっくり返るほどビックリした黒木華の豹変ぶり。
ここから(吉岡先生が事実上の顧問になってから)を起点にみるみる変化していく演劇部員。
(そして、演劇部にたずさわることによって結果的には吉岡先生も元の演劇の世界に再チャレンジするきっかけとなる←最後に読まれる手紙に心情が!)
先輩の出演した舞台公演を見に行った演劇部と吉岡先生。終了後の楽屋前通路でのワーッとした感じとか、ほんの一瞬のシーンにもきらめきが映しだされている。
高校演劇の大会(確かに予選から勝ち抜いて、しかも年一回だけ開かれるのだからまさに甲子園)があることを本作で知った。
(面白いのは制限時間のある仕込み部分も含めての審査だということ)
悪夢の(誰かを思わせるかのような)灰皿投げ演出家の再現夢のシーン。うどんは煮える、画面は暑い暑い暖色ギラギラとハイテンションで。(ここは、大林宣彦監督作品へのオマージュ的な意味合い?)
コメディリリーフとしてのムロツヨシの上手さ!
ムロさんのラジオで監督に「何かやってよ」と言われてアドリブでいろいろやった結果があーいう形で出てたのですね(ゲストが黒木華さんで「ムロさんの引き出しの多さにビックリした」と語っていました)
そしてももクロ側で対となるのが"がるる"(高城れに)
冒頭の新しい部長が選ばれるシーン。
「部長カンチョー、ブチョーカンチョー」
(これは決まってた台詞かアドリブかわからない面白さw)
何故"がるる"かということに対しての台詞。
「がるるって、ほらなんとなくがるるって感じ」
恋愛感情のない(もしくは薄い)ドラマでひとつの目的に向かってのひたむきさのようなものを描いた作品としては同じ演劇部の物語「櫻の園」はもちろんだがブルーハーツを学祭で演奏する「リンダリンダリンダ」や女子ボート部を描いた「がんばっていきまっしょい」など良作が多いが本作も、そこに連なる見事な青春映画
(そういえば本作にもプールに脚ポチャシーンや堤防や自転車など、王道なシーンがいっぱい)
「私たちは舞台の上でなら、どこまでも行ける」
これは演劇部が演じた「銀河鉄道の夜」の"ふたりならどこまでも行ける"と呼応する。
ラスト、様々な出来事を乗り越えての県大会の舞台袖。
「ふぁいとー、おー」(客席に聞こえないように小さな声であわせる感じと真っ直ぐ上を指す手が素晴らしい)
そして、幕が上がる。
(タイトルの出し方がまさに!
ここから、さらに成長していく5人の姿が想像できて秀逸な終わり方)

映画『幕が上がる』公式サイト
http://www.makuga-agaru.jp/

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2015-03-05

『プリデスティネーション(Predestination)』ピーター・スピエリッグ&マイケル・スピエリッグ監督、イーサン・ホーク、サラ・スヌーク

注・内容、台詞、他いろいろ触れています(ネタバレ)。
プリデスティネーション
(Predestination)
原作 : ロバート・A・ハインライン
監督・脚本 :
ピーター・スピエリッグ
マイケル・スピエリッグ

1970年、ニューヨーク。とあるバーを訪れた青年ジョン(サラ・スヌーク)は、バーテンダー(イーサン・ホーク)に自身が歩んだ人生を語る。それは女性として生まれて孤児院で育ち、付き合っていた流れ者との子を宿すも彼に去られ、さらに赤ん坊を何者かに誘拐されたという壮絶なものだった。それを機に男性として生きることを選んだジョンに、バーテンダーは未来からやって来た時空警察のエージェントだと明かす。そして…。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)
・セーラ・スヌークは公式サイト準拠でサラ・スヌークで表記

Pre

Memo
鶏が先か卵が先か。
いわゆるタイムパラドックスものの作品だが、全体を貫くセンスの一貫性に大拍手!!
特に原作通りの展開(前半、バーでの話、後半目まぐるしく展開する時間移動)をそのまま映画でも再現していて驚く。
しかも、ほぼピッタリの時間配分。
エンドクレジット表記もきっちりとバーテンダーと未婚の母となっていました(まさか、◯◯◯と◯◯◯◯が!!さらに…も、そーだったのかぁぁぁぁ!!!の表記はしていませんでした…って、あたりまえか 笑)
冒頭、イーサン・ホークが目覚めたときに目にする貼り紙
Never do yesterday what should be done tomorrow.
If at last you do succeed, never try again.

↑これとくり返し出てくる、この台詞(言葉)
「自分を破滅させた男が目の前に現れたら?」
何よりもサラ・スヌーク。
時にジョディ・フォスター、時にディカプリオと様々な表情をみせる。
「クライング・ゲーム」や「オルランド」想起な出来事(←と、書くとこの作品に対してのネタバレでもあるか…。)
そもそもが、この転換点(まさに転換点)がある故の「輪廻の蛇」
そこに"追いかけている爆弾魔は誰なのか?"もからませて更に深化させた脚色は見事というしかない。
先に挙げた2作品以外にも「ダークシティ」「カフカ」そして「クラウド アトラス」(←ラストの真実が判る1分間の音楽とカットの積み重ねなどは、まさに)
スペースコープ社でのVRグラスは「ブレインストーム」(と、いうかダグラストラブル"ショースキャン"か)
自己相似形とは、いかようなものなのかという命題に踏み込んでいくエモーショナルなものが作品に内包されているのは監督が双子であるということと関係しているのかもしれない、などと、ふと。
見ているこちら側に訴えかけてくるものが単なるSFではない魅力に溢れているのは、そのせいでもあると思う。
1960年代でのジェーンとジョンのエピソードが切なさを持って描かれている。そしてこれは途切れることのない永遠の孤独とも繋がる部分で描き方としても申し分がない素晴らしさ。
(1965年から1945年への赤ちゃんを抱いての時間移動から続いていくシーンが特に…)
ダイヤル式の時航器。
これで任務終了と思って合わせたダイヤル
「DECOMMISSION」
しかし勝手にリセットされるダイヤル
「FAIL-ERROR-FAIL」
「何が起ったんだ?」
渡されていた封筒を開けるバーテン
そして…
(原作を読んでいてもひっくり返りました、いやホントに…)
各年代で使用された楽曲
"1970(I FEEL ALRIGHT)"
THE STOOGES
"Is It Over"
Emma Bosworth
"I'M MY OWN GRANDPA"
RONZO AND OSCAR
(↑これが最も意味深 w)
プロダクションノートに記載されていた年代ごとのカラーパレット設定
「1940年代はドライなグリーンと汚れた感じ。1960年代は清潔感あるブルーを基調にシルバーとピーコック・グリーンでスペースコープ社のモダンなテイストを。1970年代はブラウン、オレンジといったアース系のカラー。そして1980年代と1990年代は、モノクロ基調でタイムレスな感じ」(以上転載)

映画『プリデスティネーション』公式サイト
http://www.predestination.jp/

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