« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »

2015-11-25

『FOUJITA』小栗康平監督、オダギリジョー、中谷美紀、アナ・ジラルド、加瀬亮、他

注・内容、台詞に触れています。
FOUJITA
監督 : 小栗康平
出演 : オダギリジョー中谷美紀
アナ・ジラルド、加瀬亮
りりィ、岸部一徳 、アンジェル・ユモー
マリー・クレメール、他

物語・1920年代パリ、日本人画家・フジタ(オダギリジョー)が描く裸婦像は「乳白色の肌」と称賛され、彼は時の人となった。一躍エコール・ド・パリの人気者となったフジタは、雪のように白い肌を持つリシュー・バドゥー(アナ・ジラルド)と出会い、自らユキと名付け彼女と共に暮らし始める。やがて第2次世界大戦が始まり、フジタは日本に帰国し戦争画を描くようになるが…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

F1

Memo1
1920年代のパリ、1950年代の日本。
ふたつの時代が並置して描かれる。
「半生」を追うのでもなく「心情」を物語るのでもなく、ただそこに「映像」がタピストリーのように綴られていく。
それにしてもパリの夜、街頭の灯りと石畳、ところどころに見える窓からの光。きっと当時の明るさもこんな感じだったのだろうなぁ、と思わせる甘美なる撮影。
美術も素晴らしい。
狂乱のフジタナイト
女装したフジタ。
白い布で模されたセーヌ川。
1900年パリ万博の女神を模したオブジェや招き猫。
マネの「笛を吹く少年」に扮した少年の笛で幕を開ける花魁道中(の再現)。
「五人の裸婦」が発表された内覧会でのシーン。
その絵の前でフジタが。
「白はそれだけで白色でなければならない」
会場にピカソが訪れている。
「ユキ、ですか?」
「はい」
「絵よりきれいだ」
画面に字幕が出ない1920年代パリから1940年代日本への転換部分のシーン。
ベッドに並んでいるフジタとユキ。
「スキャンダラスになればなるほど、バカをすればするほど自分に近づく。画がきれいになる」
続けて「ユキ、雪の女王」が飾られている部屋と廊下。
(この後のシーンから1940年代に)
布切れの中からマドレーヌのスケッチが出てくる。
それを見て君代夫人
「マドレーヌさんは布に例えると何かしら」
「ユキさんはシルク?」
「私は?」
「うーん、今は物資不足だからなぁ」
「なにさ、それ」
(このシーン、微笑ましくてよかったなぁー)
疎開先のF村。
軍服にマント、下駄の奇異な扮装(いでたち)で出歩くフジタ。
前述と呼応する自らのスタンスが垣間見られる台詞。
「画家は放っておくとどんどん洗練されてきてしまって大衆から離れてしまう」
60年に及ぶ画業生活の中で一度も立ち止まることなく制作し続けられたのは、この(ある種の)プロデュース力といい意味でのしたたかさによるものなのだなぁ、と思った。
狐の伝承話のシーン。
寛治郎(加瀬亮)の台詞が日本という国の本質を表している。
「話が人から人へと伝わっていく間に変わっていってしまう。話をするそれぞれの人の気持が話を変えてしまう。そしていつの間にか主語がわからなくなって、みんなの話になってしまう」
まさにフランス(西欧)における近代と日本との差異。
(しかもラストには、本当に狐に化かされるシーンも用意されています。)
川の中に沈んでいる「サイパン島同胞臣節を全うす」
(実際に最後の戦争画。前のシーンでぽつりと「戦争画はこれが最後になるかもしれませんねぇ」とつぶやいていた)
そしてエンドタイトルが少し流れてランスの礼拝堂が映しだされる。そこに描かれているフレスコ画に並んでフジタと君代夫人の姿。

Memo2
テーマが違うので当然なのですが絵を描くシーンはほとんどなく、近年(2006年の生誕120年の大規模展覧会の頃)あきらかになってきたキャンバス(画布)やボードへの地塗りや乳白色についてのシーンもありませんでした。
(とは言え、面相筆ですっと一気に線画を描くところをアップで映すシーンはドキドキしましたが…)
『美術手帖』に対談 : 菊畑茂久馬×椹木野衣「フジタを抱く」が掲載されています。
「五人の裸婦」と劇中登場する戦争画3点が現在東京国立近代美術館でまとめて展示されています。
『MOMAT コレクション 特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示』
http://www.momat.go.jp/am/exhibition/permanent20150919/

映画『FOUJITA』公式サイト
http://foujita.info/

PLUS Memo
劇中、フジタが「貴婦人と一角獣」をじっと順番に見つめていくシーンがありましたが、2013年に日本で「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」そして諸説ある「我が唯一の望み」の6面全てが公開される展覧会がありました。
こちらはその時の記念撮影スポットの写真。

Kifuzin_c

このタピストリーを見ているシーンのあとに「五人の裸婦」制作のシーンが出てきます。


| | トラックバック (8)

COLOR PALETTE_1 京都、薄紅色に染まる庭。(金戒光明寺塔頭 栄摂院)

京都、薄紅色(ピンク)に染まる庭。
金戒光明寺塔頭 栄摂院(えいしょういん)

本年に撮った紅葉ではありませんが、時期はちょうど今ぐらいに撮影したもの。全く素のまま、ノーフィルター、加工無し、ノートリミングです。
オリジナルサイズは4000×3000pixelですがアップロードの関係上、横幅1000pixelにリサイズしています(Web上では本文に合わせて更に小さく表示されています。クリックで1000pixelに拡大。是非Webで拡大の上、御覧ください)

Cp_kyoto1

Cp_kyoto2

Cp_kyoto3

Cp_kyoto4

Cp_kyoto5

Cp_kyoto6

Cp_kyoto7

Cp_kyoto10

時間や天候、紅葉の進み具合などの条件が揃ったときに見られる薄紅色の庭
境内に入ると紅葉と落葉(石畳と苔によってさらに映える)がセロファン越しの薄いピンク色に染まって本当に美しい。
刻一刻と変化する自然光のもたらすマジック。秋の黄色味の増した日差しがカラーコーディネートで言うところの秋のシーズン配色となっていました。
実は、この状態は一度だけで、その後はまだ葉に色づきが少なかったり日のあたり具合が弱かったりとなかなか遭遇することがない貴重な一瞬でした。
(撮影時の時間は15時〜16時でした)

続きを読む "COLOR PALETTE_1 京都、薄紅色に染まる庭。(金戒光明寺塔頭 栄摂院)"

| | トラックバック (0)

2015-11-18

『琳派 京(みやこ)を彩る』宗達、光琳、抱一「風神雷神図屏風」揃いぶみのタイミングで。

琳派 京(みやこ)を彩る
京都国立博物館・平成知新館

R1

11月の初旬。
宗達、光琳、抱一「風神雷神図屏風」揃いぶみのタイミング(10月27日〜11月8日)で見てきました。
さすがに三対揃って京都で展示されるのは75年ぶり(昭和15年←戦前!以来)ということで平日昼間でも常に30〜40分待ち。
人が映りこまないよう〜に撮ってきた写真メモレポです。

R9

下記は平成知新館を外側と中に入って(さらに列!!←長い廊下の、その天井)の写真。列が折り返しになっていて、たどり着いた入場口から3階まで上がり(階段もしくはエレベーターで)階下へ降りていく展示方法。

R6

R7

期間中、展示替えが多くて全てを見るには2〜3回は必要(三対揃い踏みのタイミングの際は宗達の「風神雷神図」の裏側に描かれていたという抱一「夏秋草図屏風」が見られませんでした)
「風神雷神図屏風」の展示されていた2F展示室では正面からセンター宗達、レフト抱一、ライト光琳。
まとめて並んでいるのを見ると、それぞれに100年毎の時間差があること、それぞれに師弟関係はなく「模写」によって、かたちを受け継いでいったことを思うと感慨深い。(描線の違いなども見られて眼福)
また、全期間展示(3F展示)の「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」(本阿弥光悦筆・俵屋宗達画)の13メートル一挙前画面展示は圧巻!(巻き替え無しで展示できるスペースもスゴイですが…)

R2

R3

こちら絶好の撮影スポット。
(出口を出てすぐにあります。表、裏面)

R8

R4

余談ですが元々の本館(本来、特別展は常にこちらで開かれてきた。日本画ブームの出発点だった日を増すごとに入場者が増えてきた「若冲展」や「スターウォーズ展」もここでした。名称が明治古都館に変わっている)の表示が休館ではなく閉館になっているのは、少し気がかり。

琳派 京(みやこ)を彩る
琳派誕生四〇〇年記念 [特別展覧会]
http://rinpa.exhn.jp/

| | トラックバック (0)

2015-11-17

『コードネーム U.N.C.L.E.(THE MAN FROM U.N.C.L.E.)』ガイ・リッチー監督、ヘンリー・カヴィル、アーミー・ハマー、アリシア・ヴィキャンデル、ヒュー・グラント、エリザベス・デビッキ、他

注・内容、ラストに触れています。
コードネーム U.N.C.L.E.
THE MAN FROM U.N.C.L.E.

監督 : ガイ・リッチー
出演 : ヘンリー・カヴィルアーミー・ハマー
アリシア・ヴィキャンデルヒュー・グラント
エリザベス・デビッキ
、他

物語・東西冷戦の最中の1960年代前半。CIAエージェントのナポレオン・ソロ(ヘンリー・カヴィル)とKGBエージェントのイリヤ・クリヤキン(アーミー・ハマー)は核兵器拡散をたくらむ謎多き国際犯罪組織を制圧するために長年の政治的対立を超えて手を組むことに。思考や方法論も真逆の二人は組織につながる手掛かりである行方をくらました科学者の娘ギャビー(アリシア・ヴィキャンデル)を守り、核兵器の大量生産を阻止すべく奔走する。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Uncle

Memo1
見事な「0011ナポレオン・ソロ」前日譚。
ラストでU.N.C.L.E.指揮官となったウェーバー(ヒュー・グラント)の元、再びチームを組むこととなったソロとイリヤとギャビー(エンドクレジットではガブリエル・テラーと記載されていました。高まる続編期待!)
そして、その指令として「イスタンブールー飛んでくれ」とTVシリーズ第一話(パイロット版)へと繋がる仕組みになっていて上手い。
さらに映画が始まって直ぐにオープニングシークエンスで60年代の東西冷戦時代を紹介した上で、いきなり主要3人の登場人物が出てくるのもスキッとして上手い。その構図が見事に西側ソロ、東側イリヤ、中間ポイントのキーを握る女性ギャビーとわかる仕組み。
(実は国際犯罪組織である)ヴィンチグエラ社への潜入のためにロシアの建築家とその婚約者という設定だったイリヤとギャビーのふたり。
事件解決後の翌朝、ホテルでの別れのシーン。
発振器付きの指輪を一度は返してもらうが、またギャビーの手に戻すイリヤ。
その時の台詞。
「君を"追跡"できる」(これって『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』の「わたしを見つけられるでしょ」と被るなぁー、などと、ふと思った。本作、元はトム・クルーズが主演予定だったし、ちょっと洒落っ気?)
音楽に合わせたシーンが秀逸(ガイ・リッチー印や〜)
お酒の相手をしてほしいギャビーだが、ひとりチェスに勤しむイリヤ。
あきらめて奥のベッドルームに引っ込んだと思いきや大音量でSolomon Burke「Cry To Me」を流し踊るギャビー。
その音楽にイライラーっとするイリヤ。
(ここ、アドリブ演技だったらしくてビックリ)
停めてあった他人の車に乗り込みカーラジオのチューニングを合わせPeppino Gagliardi「Che vuole questa musica stasera」を聴きながら、助手席に置いてあったワインとサンドイッチを食べるソロ。
その背後で延々と繰り広げられるイリヤとボートチェイスシーンにはお構いなしで(ここ、1番ウケてた。これは同じバリエーションの"うしろではとんでもないことが"でも)
イリヤ役のアーミー・ハマーがインタビューで好きなスパイ映画として「スパイ・ライク・アス」をあげていたのは笑った("そこにくるかー"とおぉっとなったと同時に好感度アップ。しかし懐かしいー!主題歌ポール・マッカートニーだしハリー・ハウゼンやテリー・ギリアムなど大勢の映画監督出てたし、いろいろとオモシロイ)
そのイリヤがヴェンチ島潜入時に使った技がKGBの秘技「立ったまま気絶させる技」(必殺シリーズ、はたまた「隠し剣鬼の爪」かー 笑)
Alicia Vikanderの表記がパンフレットでもアリシア・ヴィキャンデル(「SCREEN」誌などはヴィカンダー)になっているので『エクス・マキナ』ブログ記事含めヴィキャンデル表記で。

Memo2
衣装デザイナーは『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』に続いてジョアンナ・ジョンストン
ソロとイリヤ、ギャビーとヴィクトリア(エリザベス・デビッキが見事な悪女・悪党役)が共に対照的なファッションになっていて素敵。
下記、記事はデザイナーへのVogueインタビュー。
The Man from U.N.C.L.E.
Costume Designer Interview
Alicia Vikander Style, Mod Fashion - Vogue
http://www.vogue.com/13294417/man-from-uncle-costumes-alicia-vikander-style/
Title Design > Michael Bruce Ellis.
End Title > Fugitive Studios
Title Sequenceが全編公開されていないのですが、こちらのUK版予告編が部分End Title仕様となっています。
https://www.youtube.com/watch?v=A4E9TyrOFlQ&feature=youtu.be

Uncle2

映画『コードネーム U.N.C.L.E.(アンクル)』
オフィシャルサイト

http://wwws.warnerbros.co.jp/codename-uncle/

| | トラックバック (28)

2015-11-12

『アデライン、100年目の恋(The Age of Adaline)』リー・トランド・クリーガー監督、ブレイク・ライヴリー、ミキール・ハースマン、 ハリソン・フォード、エレン・バースティン、他

注・内容、台詞、ラストに触れています。
アデライン、100年目の恋
The Age of Adaline
監督 : リー・トランド・クリーガー
出演 : ブレイク・ライヴリーミキール・ハースマン
ハリソン・フォードエレン・バースティン

物語・サンフランシスコの市立資料館に勤務する29歳のきれいな女性ジェニー(ブレイク・ライヴリー)は、ある年越しパーティーで出会った青年エリス・ジョーンズ(ミキール・ハースマン)と恋に落ちる。彼の両親の結婚記念日に招待されたジェニーが実家を訪ねると、初対面のはずのエリスの父親ウィリアム(ハリソ ン・フォード)から「アデライン」と呼び掛けられる。それは、ウィリアムが以前真剣に愛した女性の名前で…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Adaline_1

Memo
自分だけ歳をとらずに延々と生き続けたならば…。
いつしか娘は自分の外見を追い越して人には叔母や御祖母さんと紹介するしかなくなり(実際は同年代の)何人もの人の死を見送り(代々、飼ってきたワンちゃんも)やがては自分ひとりだけになってしまう事の孤独。(誰にも真実を告げることができない孤独も)
(手塚治虫さんの『火の鳥』で出てくる不老不死の身体となった猿田彦博士の話を思いだした。あの宇宙にたったひとりとなった姿が重なる)
アンガス・ストラシー、衣装デザイナー冥利につきるブレイク・ライヴリーの着こなし。コスチュームが時代を越えたところに存在するアデラインの聡明さや品格の説得力となっているところが本作の要の部分。
ダークワインカラーのベルベット・ドレスにグリーンのGUCCIヴィンテージのコート(袖丈が七分丈になっていて、そこに黒の手袋をあわせる)
また、このコートのラインが美しい!
あと、タートルネックセーターの色合い(ブラウンとベージュ、ミントグリーン系の組合せに対しての袖口の濃い色)が綺麗。これに合わせるヴィンテージのバッグがすごくマッチしている。
(写真は下記、リンク先記事に他のファッションも含め掲載されています)
↓衣装についての記事(英文)
The Age of Adaline fashion :
modern Gucci & designer vintage

http://www.cinemazzi.com/15-blake-lively-fashion-moments-from-the-age-of-adaline-trailer-to-get-you-really-excited

本作は偶然なのか意図的なのか『インターステラー』とDeep consciousnessとしてつながっている。
『インターステラー』の主人公クーパーが自分の年齢を越えた娘マーフとの再会を果たすラスト。
『アデライン〜』での娘ではあるが見た目は祖母の年代というフレミング。その、どちらもエレン・バースティンが演じている。
エリスの父親、ウィリアム(ハリソン・フォード)の回想シーン。
若きウィリアムがアデラインのエンストしている車を助けたことで出会ったシーンから森の中でのデートシーンで流れるのがボブ・ディラン『運命のひとひねり(Simple Twist of Fate)』(ぼくが生まれたのがあまりにも遅すぎた」という歌詞が)
ジェニー(アデライン)を招いて食事のシーン。
エリスの台詞。
「イタリアの古いことわざにこんな言葉があるんだ」
「次にあげる3つのものの数を言ってはいけない」
年齢、恋人の数、飲んだワインのグラスの数
劇中、登場した本
Henry James「Daisy Miller
Janet Fitch「White Oleander
そして!!
Ray Bradbury「Dandelion Wine
「たんぽぽのお酒」!!
ラスト。
一年後のジェニー(アデライン)と娘フレミング
発端と同じ出来事が起こり再び動き出した時間。
テロメアが作動し始め、でかける際に、ふと鏡を見ると一本の白髪が…
年齢を重ねることの幸せ感をにじませる、何とも言えない素晴らしいシーンで幕を閉じる。
ブレイク・ライブリーが実年齢に相応しい役回り(目尻の皺がそのまま主人公と重なって実にチャーミングだ)
タイトルデザイン >
Main & End Title > SCARLETLETTERS

Adaline

映画『アデライン、100年目の恋』オフィシャルサイト
http://adaline100.jp/

| | トラックバック (12)

2015-11-06

『岸辺の旅』黒沢清監督、浅野忠信、深津絵里、小松方正、蒼井優、他

岸辺の旅
原作 : 湯本香樹実
監督 : 黒沢清
出演 : 浅野忠信、深津絵里、
小松方正、蒼井優、他

物語・3年間行方不明となっていた夫の優介(浅野忠信)がある日ふいに帰ってきて、妻の瑞希(深津絵里)を旅に誘う。それは優介が失踪してから帰宅するまでに関わってきた人々を訪ねる旅で、空白の3年間をたどるように旅を続けるうちに、瑞希は彼への深い愛を再確認していく。やがて優介が突然姿を現した理由、そして彼が瑞希に伝えたかったことが明らかになり…。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Kishibe1

Memo1
オレンジ色のコート。
すっと画面端に現れる優介(浅野忠信)
「俺、死んだんだよ」
すかさず瑞希が言う。
驚くこともなく、さも当然のように。
「靴」
(この最初に映った優介の足が暗くてなにもないように見えている)
ふと思い出したように白玉の材料を買ってきて、ちゃちゃっと作り上げる瑞希。(この手際よい料理シーンがものすごくよかったなぁ)
監督自ら語っているとおりメロ+ドラマ(それもダグラス・サーク監督作品のような趣きで)として高らかに"鳴る"音楽。
それとは相反する虫の声、風の音、かさかさと鳴る木の葉、子どもの声…。
生者である蒼井優(生前、優介と関係があった女性、朋子役)が最も恐いという病院でのシーン。
(まさに女優ふたりの火花が散る場面でもあります)
「お茶でいいですか」
机に向い合って座る。それぞれ正面から捉えたショット。
そして、この台詞。
「こんな人だったんだ」
直接的に関係あるわけではないけれど横尾忠則さんの『彼岸に往ける者よ』(1978年刊/後に『地球の果てまで連れてって』に改題)というタイトルを思いだした。横尾さんの本は近著『言葉を離れる』もそうだけれど彼岸と此岸を往来するかのような浮遊感に震えをおぼえる。本作も映っているものは生者と死者、或いは死者と死者。島影(小松方正)をおぶって介抱する雄介(浅野忠信)の姿、それはどちらもこの世の人間ではない者を我々は見ていたのだということを、あとでよくよく考えると本当に震えを抑えずにはいられない。
島影の投げ捨てるように言う台詞も怖かった。
それは優介が瑞希のことを行方不明になった島影の奥さんに似ていると言っていたことに対しての反応の台詞。
「がっかりですよ」
優介が瑞希のもとに辿りつくまでの3年の道程を逆に戻って行く旅。それは「さようなら」を告げる旅であると同時に生者が死者を死者が生者を思いつなげ留めているものからの決別の旅でもある。
「うちへ帰ろう」「このまま、この町で暮らせたらいいのに」思いをぶつけてきた先のラストたどり着いた海辺の岸での瑞希。「やれることはなんでもやってみようと思って」と書き上げたお札を燃やす際の優介の台詞。
「お札、案外、効果あったのかもな…」
そして、すっといなくなる(消える)優介。
最後は「さようなら」ではなく「また会おうね」で締めくくられている。

Memo2
文學界11月号・黒沢清×蓮實重彦『岸辺の旅』をめぐってより抜粋→抱き合ってキスしたりしているところは「ウディ・アレンの『それでも恋するバルセロナ』のスカーレット・ヨハンソンとハビエル・バルデムのように」と言って見てもらって、あとはカメラ回しますから、お願いします。どうぞ」と。
前作『リアル』に続いてスコープサイズ。
本格的にやったのは今回が初。
同上文學界対談より抜粋 >「日本ではシネスコ用のアナモフィックレンズの数が少なくてシーンによっては普通に撮ったものの上下を切っているんです。」
(次回作『銀板の女』は全てのカットをシネスコ用アナモフィックレンズで撮影)
『PICT UP』2015年10月号・黒沢清監督インタビュー "旅映画は?"という質問に対して最終的に出した答え 「僕の1番の旅映画は『宇宙戦争』です」
パンフレットデザインは大島依提亜さん。
重なりあう表紙は優介と瑞希のようでもあり、祝儀と不祝儀の間の水引無し袋のようでもあり美しい。
(その、ちょうど真裏が彼岸と此岸を繋ぐ滝のシーンが配されている)

Kishibe2

映画『岸辺の旅』公式サイト
http://kishibenotabi.com/top.html




| | トラックバック (8)

2015-11-05

The Sun also Rises. but…『草原の実験(Ispytanie)』アレクサンドル・コット監督、エレーナ・アン主演

注・内容、ラストに触れています。
草原の実験
Ispytanie
監督 : アレクサンドル・コット
出演 : エレーナ・アン
ダニーラ・ラッソマーヒン、カリーム・パカチャコーフ、
ナリンマン・ベクブラートフ=アレシェフ

物語・少女(エレーナ・アン)は、心地よい風が吹き渡る草原にぽつんと立つ家で父親と2人で生活していた。仕事に出て行く父を見送った彼女は、スクラップブックを眺めたり、トラックの荷台を掃除したりしながら時を過ごす。そんな美しい彼女に地元の少年や、風来坊の少年が好意を抱き…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Test

Memo1
冒頭、トラックの荷台。
羊の背中を枕に居眠りする父。
なんとものどかな開巻。
羽のないプロペラ機。まさに飛ぶこともできない訳でこの地から出られないことの暗示?さらに少女が窓越しに綿の上にプロペラ機が載るように見せて、さも飛んでいるかのようにみせる場面(ここで、ある種のファンタジー性、寓話性をもった物語だとわかる)
本作、極めてわかりやすい示唆にとんだシーンや構図が多い。そのどれもが自分としては好み。
地元の少年と途中立ち寄ったと思しき金髪の少年と少女とのやりとり。父親と少女との日常が静かに綴られていく。
父親は毎日どこに出かけているのだろうか?
後に出てくるガイガーカウンターシーン繋がりで考えると、おそらくは実験場のある基地に行っていたのだろうと考えられる。
また、この場所は何処なのか?
監督がインタビューで「場所はどことは決めていなくて」と語っていたが新聞の旧・ソ連のマークや壁に貼られた地図に示された赤いエリアが(過去にあった)"そのこと"を物語っている(ように思える)。
木の葉の押し花で描かれた風景のスクラップブック。
風になびく葉が"この世界のどこか頼りげない何か"を暗示させている。
衝撃的だったのは音。
制作会社のロゴバックの音が驚くほど大きく、そしてキレがあって、その時点で既に意外だったのだが本編中の風の音やピアノ音の音像としての素晴らしさ。
最後の核実験シーンが(予兆に満ちたシーンが続いていたので、うすうす判ってはいたのだが)突如眼前に広がる。
そこまであった静けさを全て吹き飛ばす爆音の中に舞い上がるきのこ雲と爆風、風、風、風。
からみ合う洗濯され吊るされた2人のシャツ。
象徴的な樹(『サクリファイス』想起)の側でベンチに腰掛け、同じポジションばかりを取り合う、あやとり。
世界の終わりを見る風景とは、このようなものではないだろうか。
一瞬の光を表したシーンとしては『父と暮らせば』で8月6日、見上げる宮沢りえの頭上、目に映る光や『太陽の帝国』でジム少年が遥か遠く(日本の方角)に見る光と同じく、衝撃的なインパクトだった。
韓国人とロシア人の血を引くエレーナ・アンのヒロインとしての姿。
屋根に登って双眼鏡で遠くをみている佇まいを見た瞬間、おぉっっっ!『カリオストロの城』『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』が実写で撮れるのでは!??(と、思った人多いだろうし、事実そう表現されている方も多かったですが)
まさに、このエレーナ・アンの目と表情。
それら全てが台詞無しの本作を成立させた最も大きな要因。
ラスト。
(それまでも幾度となく暗示される太陽のシーンがあって)
昇るはずの太陽は登っていく途中で再び沈み始め…。そして…

Memo2
アレクセイ・アイギによる音楽が秀逸。
エンドロールの呪詛的に聴こえるボーカル(らしきものの)入った部分も?←こちら未確認。公式twitterアカウントによるとサントラが近日発売となっていたので期待。
美術と衣装も素晴らしかったので明記→エドゥアルド・ガルキン

Test2

映画『草原の実験』公式サイト
http://sogennojikken.com/

| | トラックバック (8)

『アントマン(ANT-MAN)』ペイトン・リード監督、ポール・ラッド、マイケル・ダグラス、マイケル・ペーニャ、エヴァンジェリン・リリー、他

アントマン
ANT-MAN
監督 : ペイトン・リード
出演 : ポール・ラッドマイケル・ダグラス
マイケル・ペーニャエヴァンジェリン・リリー、他

物語・仕事や人間関係がうまくいかず、頑張ろうとすればするほど空回りしてしまうスコット・ラング(ポール・ラッド)。別れた妻が引き取った娘の養育費も用意することができず、人生の崖っぷちに立たされた彼のもとにある仕事が舞い込んでくる。それは肉 体をわずか1.5センチに縮小できる特殊なスーツをまとい、正義の味方アントマンになるというものだった。スーツを着用した彼は、ヒーローとして活躍する ために過酷なトレーニングを重ねていくが…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Ant_man

Memo
twitterにも書いたけれどSFマガジン2015年10月号添野知生さんの映画評で『アントマン』がドナルド・E・ウェストレイク、ドートマンダーシリーズのパスティーシュと知り期待度Maxで見たら、まさに"それ"(しかも『ホットロック』!)
冒頭、いきなりケルプではなくてルイス(マイケル・ペーニャ)が出所するスコットを迎えにきて‥ ってそれだけでニマニマしてしまった。
盗みに入ったものを、また返しに行くノリ(ルイスの話に乗って金庫から持ち帰ったスーツがとんでもないものだということが判ってのマッハな返し方 笑)や儲け話、いい話を小耳にはさんでスコットに持ちかけるノリ、そして窃盗団ルイス、デイヴ、カート(情報収集、ドライバー、ハッカーとドートマンダーシリーズとポジションは微妙に違いますが)とスコットとのやり取りなどまさに!!
スコットの家の方向が大変なことになっているみたいだとかけつけるものの庭先で脱線している巨大機関車トーマスのおもちゃ(笑)や巨大蟻を目の当たりにして「オヨビでない…、あ、お呼びでない。これまた失礼しましたー」と、これまたバックで去っていくあたり、まさにピム博士(マイケル・ダグラス)言うところの三バカ。
見聞きした話(ウマイ儲け話…のような話)の映像にテンポよくマイケル・ペーニャの名人芸と呼べる早口がかぶさる部分が最高。そして物語をポンポーンと前進させる(続編にも期待させる)上手さ。
ペイトン・リード監督、今まで撮ってきた作品。『イエスマン』『恋は邪魔者』『チアーズ』とリアルタイムで見ているのに監督名をしっかりと意識したのは本作が初。(『New Girl』の第1シーズンで3本監督していて、これは再チェック)
できれば『アベンジャーズ』の中に組み込まれなくていいから(ピム博士の経緯もあるから、そうも言えないけれど珍しく本作では繋がりを示すエンドロール内もしくは後のオマケシーンが無かった)、このまま単体シリーズで"スコット・ラングと3人の愉快な仲間たち&博士とその娘"のノリで撮り続けてほしい。
『ホビット』3部作の2、3作目に登場した映画オリジナルキャラクターであるタウリエルを演じたエヴァンジェリン・リリーがピム博士の娘、そしてアントマン=スコットのトレーニングコーチとなるホープ役。
このホープとピム博士、スコットと娘との関係性が軸として二重になっていて実に上手い描き方。
Main-on-End Title DesignはSarofsky
http://www.sarofsky.com

アントマン|映画|マーベル|Marvel|
http://marvel.disney.co.jp/movie/antman.html


| | トラックバック (12)

« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »