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2016-06-19

『64 -ロクヨン- 後編』瀬々敬久監督、佐藤浩市、永瀬正敏、緒形直人、綾野剛、瑛太、仲村トオル、三浦友和、他

注・内容、犯人、ラストに触れています。
64 -ロクヨン- 後編

監督 : 瀬々敬久
出演 : 佐藤浩市
永瀬正敏、三浦友和、緒形直人
綾野剛、榮倉奈々、瑛太、夏川結衣
窪田正孝、坂口健太郎、筒井道隆
鶴田真由、赤井英和、菅田俊
烏丸せつこ、小澤征悦、椎名桔平
滝藤賢一、奥田瑛二
仲村トオル、吉岡秀隆、他

物語項、前編のブログメモはこちら → 『64 -ロクヨン- 前編』

64_2

Memo
なるほど、こう変更してきたか。
(原作未読なのでドラマ版と比較)
でも嫌いではない。
前編の不思議な熱は、どうしてもラストへ向けて、まとまってしまうこととなるので常温化していくことは仕方ない。
それよりも瀬々監督は原作やドラマ版よりも犯人に対して断罪的に描きたかったのではないだろうか?
まず原作小説との違いについて
以下【小説の流儀、映画の作法 横山秀夫(原作者)×瀬々敬久(映画監督)】より引用
"小説ではラストで、三上があくまで広報官として「ロクヨン」に関わり、それまでの出来事を自分なりに消化していきます。でも映画では、広報官としての一線を越えて、一人の人間として事件と対峙する主人公を作りたいと思っていたんです"
対談・全文はこちら↓
本の話WEB
http://hon.bunshun.jp/articles/-/4761
NHKドラマ版(全5回・大森寿美男・脚本)
ドラム缶の下に置かれたメモの上半分を破って飲み込むのは同じだが、その後釈放され、再び長女が誘拐されたと思い込みロクヨン事件の犯行現場に呼び戻されることとなる映画と違って「目先が落ちた」のひとことで終結したことを知る。
ラスト、家出した娘からと思しき電話で幕を閉じるところは同じ。
各話につけられたサブタイトルがそれぞれ「窓」「声」「首」「顔」そして最終話が「指」!
そして、映画。
『復讐するは我にあり』での三國連太郎、緒形拳共演を彷彿とさせる場面があるのでは?と、公開前から期待されていた佐藤浩市と緒形直人の直接対峙するシーン。
追いかける三上。
逃げる目先(緒形直人)
「どうして殺してしまったんだ」
「わからないんだ」
一瞬、佐藤浩市とのあいだに間(ま)があいて掴みかかる三上。
ここで、もし理由付けされると「そんなことで殺してしまったのか」といった台詞展開となるので、あの答えでよかったような気がします。
ロクヨン事件に関わったすべての人に傷を残すこととなったが、忘れてはならないのは亡くなったのは雨宮(永瀬正敏)の娘ということ。
そのこともあっての目先への何よりも重い罰ともとれる場面を用意したのでは?と、思えるのだ。
あと、ドラマではテレビという規制もあってか、犯行シーンなどがなかったように記憶する(あったとしても覚えていないということは印象が薄かったのかもしれない)
思えば、出かけていく雨宮の娘・翔子がどんと焼きで使う餅のささった枝を持って出かけていく姿を捉えたショットがラストのどんと焼きシーンへとつながっていたのだなぁ、と思った。
前編との繋がり。
三上が雨宮宅を訪ねていった際に仏壇の前に置かれた電話帳をさっと避ける場合、その雨宮の指のアップ、ボサボサだった髪型が整えられた時期などが描かれていたが三上が、ロクヨン模倣誘拐事件を追ってる途中に、思い起こしたのシーンが電話帳の部分。そして番号部分が黒ずんだ公衆電話。
そして、今回もドローン撮影がいくつか。
ラストの川に向かって目先を追いかける三上のシーン(こういうショットはクレーンとも違っていて印象的)
『ちはやふる』を見ても思ったことだが、2部作公開の場合、そのタイトルの出し方に特徴が。
前編のシーンがいくつか流れ、三上の顔のアップ、目に寄っていってスコープサイズの右下に手描きによるメインタイトルが出る。タイトルデザインは赤松陽構造さん

映画『64‐ロクヨン‐前編/後編』公式サイト

http://64-movie.jp/


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2016-06-18

『10 クローバーフィールド・レーン(10 Cloverfield Lane)』ダン・トラクテンバーグ監督、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、ジョン・グッドマン、ジョン・ギャラガー・Jr、他

注・内容、ラストに触れています。
10 クローバーフィールド・レーン
10 Cloverfield Lane

監督:ダン・トラクテンバーグ
製作:J・J・エイブラムス

メアリー・エリザベス・ウィンステッド
ジョン・グッドマン
ジョン・ギャラガー・Jr、他

物語・ミシェル(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)は目覚めると、自分が見ず知らずの2人の男性とシェルター内にいることに気付く。その日を境に、彼女を助けたと主張するハワード(ジョン・グッドマン)とエメット(ジョン・ギャラガー・Jr)との奇妙な共同生活がスタートする。ミシェルは、外は危険だという彼らの言葉を信じるべきかどうか悩んでいた。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

10cl

Memo1
いわゆる情報遮断系の映画。
と、いうことで何も知らずに見に行くつもりが、あっさりとTVCMで"アレ"が流れてました。
とは言っても、この作品見どころはそちらではなくジョン・グッドマンの怪人ぶり。("ジョン・グッドマンの出る映画は良い映画"と昔からの格言にあるとおり)
それと「ミスト」や「エイリアン」や「ターミネーター」「未知との遭遇」(ガソリンスタンドなんて一瞬、デニス・ミューレンによるミニチュアに見えた)やら、いろいろな映画既視感テンコ盛りの楽しさ。
そしてシェルター内での密室サスペンス。
いい人なのか悪い人なのか、外では何が起ったのか、それは本当のことなのか…。
おいおいおいおい「フランシス・ハ」かよ、とツッコんだ「10 クローバーフィールド」の意味(←これは二重のネタバレかも?)
"クローバーフィールド10番地"
ハワードのシェルターのあった場所から脱出し、車を走らせるミシェル。
ラジオから流れる"ふたつのエリア"情報
(そのことはシェルター内でエメットと語った"選ぶ"ことと繋がる)
なんと!
ジョン・グッドマンがジョン・ヒューズの映画を見ている!?笑(映像もチラッと流れます)
「すてきな片想い?」
「プリティ・イン・ピンク」
その他、流れる音楽もちょっとビックリ!
(後述SONG LISTリンク参照)
"ジョン・グッドマン"ダンスが 笑
エンドクレジットで気がついたけれどミシェルの彼氏、iPhoneから聞こえるベンの声がブラッドリー・クーパー(ファンは声だけで判るのかな?)
ファーストカットのヒロインの部屋のシーンから、きっちりと後半へのフリを入れている親切設計。
窓辺のカーテン、その脇に服の型紙などがつるされている。
机に置かれた指輪。
(服飾をやっていること、カーテンを使って防護服をつくること、意を決して部屋を出たこと)
ラストは『ターミネーター』の「嵐がくる」「知ってるわ」の有名な台詞に続くサラ・コナーが真っ直ぐな道をメキシコへ向けて走っていく、あのシーンへ呼応。
ヒロイン、ミシェルは選んだのだ。
戦いの最中である応援を求められているヒューストンへの道を。
(ある意味、テレビドラマへの序章段階ともとれるラストだ)

Memo2
Main & End Title Design
Filmograph
シンプルなつくりながら「おぉっ」と身をのりだしてしまった、よい見せ方。
ソール・バス系(バス系って…)のモーションを彷彿。
(タイトル部分・動画あり)
http://www.filmograph.tv/project/10-cloverfield-lane
Behind the Scenes
(監督・出演者へのインタビューなど)
https://youtu.be/2LMCdE0osto
Soundtrack and Complete List of Songs
http://www.what-song.com/Movies/Soundtrack/1927/10-Cloverfield-Lane

映画『10 クローバーフィールド・レーン』公式サイト
http://10cloverfieldlane.jp/

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2016-06-17

『マネーモンスター(Money Monster)』ジョディ・フォスター監督、ジョージ・クルーニー、ジュリア・ロバーツ、ジャック・オコンネル、他

注・内容、台詞に触れています。
マネーモンスター
Money Monster

監督 : ジョディ・フォスター
出演 : ジョージ・クルーニー
ジュリア・ロバーツ
ジャック・オコンネル
ドミニク・ウェスト
カトリーナ・バルフ、他


物語・リー・ゲイツ(ジョージ・クルーニー)が司会を務め、その巧みな話術で株価予想や視聴者への助言を行う高視聴率 財テク番組「マネーモンスター」。番組ディレクターのパティ(ジュリア・ロバーツ)の指示を聞かず、アドリブ全開でリーが生放送に臨む中、拳銃を手にした男カイル(ジャック・オコンネル)がスタジオに乱入してくる。彼は番組の株式情報によって財産を全て失くしたと憤慨し、リーを人質に番組をジャック。さらに放送中に自分を陥れた株取引のからくりを白日のもとにさらすようパティに迫るが…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Mm

※Memo
ジョディ・フォスター、4作品目にして初の娯楽作品。
(盟友とのキャスティングも功を奏して)
上映時間も100分以内にまとめての手堅い演出。
そして"ジョージ・クルーニーはこう使え"のお手本のようなキャラクター。
(昔、テレビドラマの生放送回でやったようなネタ?)
知人とこんな会話をした(関西弁)
「昔『ソードフィッシュ』の中でトラボルタが『続・激突!/カージャック』はバッドエンディングとか講釈たれていたように人質映画は終わりかたが難しいけど、これはよかった」
「ちょっとシドニー・ルメットやね」
「『狼たちの午後』と『ネットワーク』のミックスモダン」
「ジョン・カザールは?」
「テレビ局から出て公会堂に向かう時に"銃は上に向けてと"か台詞があったら完璧や」
「この70年代中盤あたり映画テイストは、ジョディ・フォスターが自身が出てた"スコセッシおじさま"や"アラン・パーカーおじさま"との現場雰囲気を知ってるからこそのような気もするね」
「1970年中盤はまさに、このテイストの映画が花ざかりやったからね」
(さらに『サブウェイ・パニック』『オデッサファイル』『ゴールド』etc…70年代中盤映画話が延々と続く…以下略)
要所要所で活躍するのはほとんど女性。
中継を見ながらパブで昼間っから飲んでいる金融マン(と、思しき人たち)は、ほとんど男性。
瞬間、笑いがおきたシーン
カイルのガールフレンドが説得に来たのかと思いきや「あんた、母親から相続したお金まで使ってしまってどういうつもり!」と激しく罵られるは、三くだり半つきつけられるはでカイルかたなし(演じたジャック・オコンネル、上手い!)。
それを見ていたギャラリーの…。
「はぁぁ…」
溜息とも"気の毒に…"といった同情混じりともとれる声。
他にも走りまわされる(しかもイヤーモニターを渡そうとしただけなのに勘違いで撃たれてしまう)プロデューサーとか全体にトホホな男性陣。
極めつけは株価暴落の首謀者も、そのやり口(アルゴリズムのバグとか言いながら意外と単純な手法)全てを中継され、おまけに情けない姿がYouTubeにアップされて何百万人に見られることに 笑
ラストの台詞。
事件解決後。
病院の休憩室でイスに並んで座るゲイツとパティ。
(ここまでスタジオと調整室とのやりとりだけでツーショットになることがなかったジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツだけに一緒に映るシーンがここで、いきてくる)
「夕食は行けなくなったな」
デリバリーで買ってきたものを開ける。
「来週の番組、どうする?」
背中越しのふたりのショットがラストカット。
(他局から引き抜きがかかっていたパティと中継されていることを知らずにエレベーター内で、ちょっと本心のぞかせたゲイツの少しわかりあえた、ほんのりとした、いいエンディング)
タイトルデザインはVFX, Motion Graphicsも手がけた The Molecule
(他のMotion Graphicsを見ると、なるほど、ここが制作したのは解るといったものが多々)
http://www.themolecule.com/

映画『マネーモンスター』 オフィシャルサイト
http://www.moneymonster.jp/

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2016-06-12

『教授のおかしな妄想殺人(Irrational Man)』ウディ・アレン監督、ホアキン・フェニックス、エマ・ストーン、他

注・内容、オチに触れています。
教授のおかしな妄想殺人
Irrational Man

監督 : ウディ・アレン
出演 : ホアキン・フェニックス
エマ・ストーン
パーカー・ポージー
ジェイミー・ブラックリー、他

物語・アメリカ東部の大学。孤独で気力のない哲学科の教授エイブ(ホアキン・フェニックス)は、ある日不快な判事についての話を聞く。自分がその判事を殺害するという完全犯罪を妄想した途端、よどんでいた彼の人生は鮮やかに色づき始める。一方、エイブのことが好きな教え子ジル(エマ・ストーン)は、教授が奇妙な殺人妄想に夢中になっているとは知らず、恋心を募らせていくが…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Wa

※Memo1
なんとも見事な、絵に描いたような太鼓腹のヨレヨレ教授エイブ役のホアキン・フェニックス。
人生の意味を失い鬱気味で、その上、自殺願望があって実存主義の危機を語る、昼間から大学内でもウィスキーを隠し持つ(←隠してないけれど)という、なんとも大丈夫かぁー、と思ってしまう男…が、そういった、ちょっと翳りのある雰囲気がよいのかジルはエイブに惹かれていってしまう(この、やたらとモテる主人公はいつも通り)
ジルに誘われ仕方なく出たパーティで、ロシアンルーレットを平然とやってのけるエイブ。
ここで拳銃が奥の棚から出てきた時に、一瞬、目のいろが変わる。
ここでのシーンありきの、レストランで後ろの席にいた人たちの会話を盗み聞いて知る、よからぬ判事を、この困っている人にかわって始末してあげようと思い立つことに。
この物語展開だと『マッチポイント』の倫理的に否だけど、もっと違う罰を背負うパターンか『誘惑のアフロディーテ』のような「んな、アホな」(目の前にヘ リコプターが着陸してきて、あれよあれよの)ご都合主義的オチか(あるいは偶然も、また真理的オチ)、ウディ・アレンの「アンビリーバボー」と声が聞こえ てきそうな『さよなら、さよならハリウッド』の小咄的オチか。
さて本作は…
喜劇か悲劇か不条理な世界をアイロニカルに。
(哲学喜劇とでも、申しましょうか←これ、以前にどなたかの著書で書かれていた気がするのですが、お名前失念)
判事殺害計画を実行に移してから、突如として"生きがい"を感じ、夜はぐっすり眠れるし、朝食もきっちりとれるようになったエイブ(表情も体型も変化)がジルと遊園地に出かける。
その遊園地でルーレットゲームで景品としてゲットした懐中電灯が、まさかの命取りになるとは!?
見どころ→いつの間にかホアキン・フェニックスとエマ・ストーン、どちらもウディ・アレンに見えてくるところが、可笑しくておかしくて。(←脳内変換可。まるでウディ・アレンとウディ・アレンが話してるような)
特にエイブが実際に殺人犯だと判明したあとのジルの身振り手振りが 笑

※Memo2
エマ・ストーンのファッション、可愛い!←そこかい!(関西弁)
衣装デザイナーは『ブルージャスミン』のSuzy Benzinger
『ブルージャスミン』の時はケイト・ブランシェットのためにカール・ラガーフェルドによるシャネルのジャケットを用意したが、本作はいたってカジュアル。
ピアノを習い、哲学を専攻し、詩にも造詣が深いジルが、いかにも好みそうな、タッセルを用いたヒッピー/フラワーチルドレンムーヴメントの頃の柄や素材を元にしたワンピースが素敵!
撮影監督は『僕のニューヨークライフ』『ミッドナイト・イン・パリ』『ローマでアモーレ』『マジック・イン・ムーンライト』とウディ・アレン監督の近作を多く手がけているダリウス・コンジ
Opening credits – typography
(the Movie title stills collection記事より)
http://annyas.com/screenshots/updates/irrational-man-2015-woody-allen/
Ramsey Lewis Trioの「The "In" Crowd」がほとんどテーマ曲のようにバンバン流れる。あと、David O’Neal「Angel in the Snow」(←美しい曲)が音量的には小さいけれど印象的。 
IRRATIONAL MAN Soundtrack
Song/Music List

http://www.lyricsoundtrack.com/movies/irrational-man-soundtrack-list

ロケ地
ロードアイランド州のウェストグリニッジやサルベレジーナ大学/Salve Regina University、ビーヴァートレイル州立公園(灯台付近の海岸に立って下記、ポスターのような"ホアキン・フェニックスごっこ"ができる!)
こちらは大学での撮影画像
http://www.woodyallenpages.com/2014/08/2015-film-braylin-college-salve-regina-historic-hill-chez-pascal/
画像(約170枚)や各国のポスター、他『教授のおかしな妄想殺人』関連の記事がまとめられたWoody allen Pages
http://www.woodyallenpages.com/films/irrational-man/


Im

映画『教授のおかしな妄想殺人』公式サイト
http://kyoju-mousou.com/

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2016-06-11

2016年の『エクス・マキナ(Ex Machina)』アレックス・ガーランド監督、アリシア・ヴィキャンデル、ドーナル・グリーソン、オスカー・アイザック

注・内容、他含めネタばれしています。
エクス・マキナ
Ex Machina

昨年5月にエクス・マキナ(Ex Machina)-原題(2015-05-24←ブログTBはこちらの記事へお願いします)のタイトルでブログメモを書いたときは、まだ未公開だった作品が遂に日本公開!

その時点で書いたブログメモを読み返してみると、まだキャストも(無名とまでは言わないけれど脚光をあびるほどの)有名さではなく、さらにアカデミー賞視覚効果賞を受賞するとは誰も予測しえなかった作品。
(アリシア・ヴィキャンデルが『リリーのすべて』でアカデミー賞助演女優賞を受賞することも)

そして最も驚くべき点は、今年、人工知能が囲碁で勝利するという2015年末でも予測できなかった事態が現実となっていること。(後述『WIRED』No.20の人工知能特集でも「囲碁という謎」というタイトルで"人工知能はいまだ棋士に勝つことができない"とレポート記事が書かれている)

Em2

Memo
監督アレックス・ガーランドへのインタビュー
・「イギリス版 MIT といえるインペリアル・カレッジの認知ロボット工学教授のマレー・シャナハンが書いた本に出合ったときは、その主張に強く共感した」
(教授はじめ、他の何人かに脚本を厳しくチェックしてもらったとも)
・「ぼくが思うに、この映画には互いにまったく独立したふたつの要素がある。ひとつはAIと意識に関するものだけど、もうひとつは人の社会の成り立ちに関するものなんだ。つまり、どうしてこの男は20代前半の女の形をした機械をつくり、テストのためと言ってそれを若い社員に託すのかという問題だね」
・AIと倫理についての最近の議論はフォローしていますか?の質問に答えた後「では、スカイネット(『ターミネーター』シリーズに登場する人類を滅ぼす人工知能 )については心配していないのですね」の問いに。
「ある意味、歓迎するね。人間はこの星で滅びるんだ。それは環境破壊のためかもしれないし、太陽系や太陽で起こる変化のためかもしれない。でもそれが起こるとき、われわれは決してワームホールを通り、別の銀河に行って、古くからある生存可能な惑星を見つけることなんてない。そんなことはありえなくて、われわれの代 わりに生き残るのは AI なんだ。 もちろん生みだせればの話だけど。 問題はなにもない。むしろ望ましいことだよ」
アリシア・ヴィキャンデルへのインタビュー
「Ava に意識があるのかないのかは、見た人が自分自身で判断しなければならないの」
「そして、意識はどこから生じるか。いつ生じたのか。最初からプログラムされているものなのか。何が本質的で、何が環境に依存しているものなのかもね」
上記2本のインタビュー『WIRED.20』より抜粋
NHK『SFリアル』といった番組が放送された。
番組のラスト、このシーンで締めくくられる > 1980年代にコンピュータへのハッキングをきっかけに核戦争が始まる危険性を描いた映画『ウォー・ゲーム』映画の終盤、暴走し始めたコンピューターは核戦争に勝つ方法をシミュレーションし始める。人々はそれを止めようと奔走する。
そしてコンピューターが最後に出した結論。「ウォーゲームに勝つ唯一の方法はゲームを始めないことです」それは戦争を始めないことだった。
「それよりチェスをやりませんか?」
おそらく本作はじめ、ここ数年の人工知能関連の映画や小説に多大なる影響を与えたと思われるレイ・カーツワイルの著書(本当に大著!)「ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき」のエッセンス版「シンギュラリティは近い [エッセンス版]―人類が生命を超越するとき」が今年、発刊されました。(←原著が、やや冗長的な部分が多いので、めちゃくちゃ読みやすかった!)
『エクス・マキナ』の、その先。
(さて、何が起こるのか…)
シリコンバレーには既にシンギュラリティ・ユニバーシティ(Singularity University)という教育機関も存在している。
Singularity University
http://singularityu.org/
マット・カーティスによる美しいエンドタイトル。
Ex Machina titles - Fonts In Use
http://fontsinuse.com/uses/10043/ex-machina-titles
※Inspireを受けたデザイナーが幾つかのタイトルシークエンスを作っている方が多々。

Ex3

映画『エクス・マキナ』公式サイト
http://www.exmachina-movie.jp/

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2016-06-09

"映画の生き死には宣伝次第よ" 淀川長治さんの映画広告

21世紀の淀川長治
(キネマ旬報社・刊)

Yodogawa1

「映画へとひとびとを誘う言葉」と思いが詰まった一冊。
「淀川長治自伝」の「終回」から幕を開ける本書。
(その冒頭部分を引用)
"チャップリンは亡くなったのに映画はある。ジョン・フォードは亡くなったのに映画はある。ヴィスコンティの映画もルノアールの映画も永遠であろう。映画は残る。これは小説も絵画も同じこと。この世に何かを残すということはどれほど偉大なことか。"
シャブロル、ブレッソンから『荒野の一ドル銀貨』成瀬・川島両監督による『夜の流れ』などなど淀川さん口調で声まで聞こえてきそうな映画批評や監督論の数々。きっちりと批判したものも採録されていて初めて読まれる方はドキリとするのでは?
(とはいえ、あるのは映画を愛する心。P60わが映画批評の立脚点を読めば、その指針もうかがうる)
巻末には『キネマ旬報』ベスト・テン他が表だけではなくコメントも(←これは嬉しい!)そのまま採録されています。
カラーページに"淀川長治がつくった広告"といったコーナーが。
ハサミコミと呼ばれるキネマ旬報本誌に綴じこまれた広告を淀川さん自身によるレタリング、レイアウトで作られた話が語られています。
(図版は「駅馬車」「デッドエンド」「牧童と貴婦人」「ゼンダ城の虜」)
※確かキネマ旬報には1970年代中頃までチラシ自体を挟みこんで発刊されていたと記憶する。
そこで思い出したのが今から27年前に広告批評で特集された、この号。

Yodogawa2

広告批評』1989年5月号
特集・淀川長治ワンマンショー
43ページにおよぶ大特集。
(本誌自体が130ページなのだから、これは本当に大特集でした)
聞き手に川本三郎さん、島森路子さんをむかえてのインタビューを軸に構成。
第1部・どうしておしゃべりになったか
第2部・こんなふうに生きてきた
第3部・私の美意識
そして<付録>と記された映画広告にもの申す。
こちらには図版として他の著書でも見た記憶があるユナイト宣伝部時代に作られた有名な『駅馬車』の雑誌広告が。
他にはキャストやスタッフなど何も入れず、ただひとこと「駅馬車来る!」
当時としては画期的な広告。

Yodogawa3

Yodogawa4

淀川長治のひとこと広告批評
(前年に公開された作品の中から選ばれたもの)
それぞれにコメントがつけられている。
続くインタビューページ。
(多分、ここで初めて読んだ知らなかった話←島森さんも、はじめて聞いたと答えています)
"角川春樹さんに、僕、呼ばれたの。あの人が映画を始めるときに。「一体なんですか」って言ったら「映画を大事に売りたい、商売したい。どうしたらいいでしょうか」って質問された。「映画の生き死には広告です」って、僕、答えたの。「宣伝しない映画は、絶対に当たりません。映画の第一は宣伝です。あらゆる方法で、見せるなり聞かせるなり、どんどん自信を持っておやりなさい」。春樹さん、一生懸命聞いてたよ。で、宣伝に力を入れられたね。"
(映画の生き死には宣伝次第よ、より抜粋)
この後に、ちゃんと「で、広告負けしたの〜(中略)〜やりすぎちゃったの。」とピシャリと言い切るあたりにも、驚く。(さらには東和の話、セルズニックの話もかぶせているので、ただの苦言でないこともわかる)
※他にも初出だと思われる話がいくつも。どちらかの著書におさめられているのかは未確認です。

追記
『21世紀の淀川長治』読み進めていくと(と、いうか、すぐに数箇所)やたらと誤字が多いなぁと思っていたら下記、告知が記載されていました。
キネマ旬報ムック『キネマ旬報コレクション 21世紀の淀川長治』をご購入のお客様へ お詫びと商品交換のお知らせ
http://www.kinejun.com/book//tabid/95/Default.aspx?ItemId=588


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2016-06-07

『海よりもまだ深く』是枝裕和監督、阿部寛、樹木希林、真木よう子、吉澤太陽、小林聡美、池松壮亮、他

注・内容、台詞に触れています。
海よりもまだ深く

監督 : 是枝裕和
出演 : 阿部寛樹木希林
真木よう子吉澤太陽
小林聡美
池松壮亮
リリー・フランキー、他

物語・15年前に1度だけ文学賞を受賞したことのある良多(阿部寛)は「小説のための取材」と理由を付けて探偵事務所で働いている。良多は離婚した元妻の響子(真木よう子)への思いを捨てきれず、響子に新しく恋人ができたことにぼうぜんとしていた。良多、響子、息子の真悟(吉澤太陽)は、良多の母・淑子(樹木希林)の家に偶然集まったある日、台風の一夜を皆で過ごすことになり…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Uf1

Uf2

Memo1
脚本の1ページ目に書かれたという、この言葉がそのまま問いかけでもあり(しかし答えがあるわけではない)、監督のまなざしでもある。
「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」
かつて、夏休みにお祖父ちゃん、お祖母ちゃんのいる田舎へ帰るというと"今住んでいる場所より遠く離れた自然のある場所"をイメージしたものだが、それがいつの間にか"電車やバスに乗っていける場所"(さらに、それが団地)に変わっていったのはいつ頃のことだろう?
『海街diary』地上波放送された際に、ふと思ったこと。
CMが入って細切れになっているのだが、普通に流し見として成立すること。それも、おそらく途中から(CMとCMの間のシーンだけ)見たとしても、ちょっと見入ってしまう(入っていける)という不思議な感覚をもった。
もしかするとテレビドラマ『ゴーイング マイ ホーム』を撮った辺りから、意図的に何かそういったことをされているのかなぁ、と。
(刊行されたばかりの著書『映画を撮りながら考えたこと』の中で言及されているかは未確認)
キネ旬、川本三郎さんの連載「映画を見ればわかること」で『海よりもまだ深く』が成瀬巳喜男監督作品を想起させたことについて書かれていて、なるほどなぁ、と納得することしきり。
(川本さんの著書でも成瀬作品はとにかく情けない男とお金の話が出てくると書かれていたけれど、本作もまさに。
本作で重要な台風のシーン、『山の音』にも台風が出てきたことも(←こちらは前半、ろうそくのあかりのもと、すごく饒舌になる登場人物)
『公園対談 クリエイティブな仕事はどこにある?』(是枝 裕和、樋口 景一・著) の中にあったQ&amp;A. 是枝監督が仕事に対する心構えや姿勢について影響をうけた映画1〜3本→ケン・ローチ『ケス』侯孝賢『恋恋風塵』成瀬巳喜男『稲妻』
(そういえば『稲妻』から受ける雰囲気と本作、ちょっと似てるかも?)
テレビドラマ『ゴーイング マイ ホーム』(主人公の名前が『歩いても 歩いても』『海よりもまだ深く』と同じ良多。演じたのが福山雅治による『そして父になる』の主人公も同名)
本作が不在(亡くなっている)であることで存在が浮かび上がる(ラストで明かされる父親の隠された部分。硯のくだり)ことに対して、こちらは父親との話。
これ、今、再放送かけられたらいいのに。
『空気人形』のロケ地として最初、団地をさがしていた話が【東京人】(2009年11月号)に 〜 「僕は公団育ちなんです。40年ぐらいたつ公団なので、今では子供も少なく、お年寄りの一人暮らしが多くなっている。子供の頃に遊んだ芝生は立ち入り禁止だし、夜もまばらにしか灯りがつかない。集合住宅なのにみんなバラバラに住んでいます」
(この部分、後述良多の台詞に)
台詞いろいろ。
(特に冒頭あたりの、何気ない会話シーンを確認したくて2回目鑑賞の際、最後列1番端の席で迷惑にならないようにメモした)
・開巻すぐ
良多の姉・千奈津(小林聡美)と母・淑子の会話。
「宛名ぐらい自分で書きなさいよ」
「手がね、ほら」
(手をぶらぶらさせる)
「やめなさいよ、ドリフじゃないんだから」
「父さん。字だけはうまかったわね」
「大器晩成ってやつじゃない」
「うちにも一人いるけど」
「ま、大きいことは大きいけどね」
・良多と母、淑子との会話。
ベランダから階下を見ている良多
「静かだなぁ」
「もう遊ぶ子どももいないから」
「俺らの子供の頃は野球するのでも芝生の奪い合いだったけどね」
・「あんた覚えてる、みかん」
「俺が高校の時、種、植たやつだろ」
「花も身もつかないんだけどね。あんただと思って毎日水やってんだよ」
(この、なんともいいようのない言い回しの上手さ)
「なんかの役にはたってんだよ」
・妹について良多の台詞
(でも、その実、妹にも借金をしにいっていたりする)
「気をつけたほうがいいよ、あいつ何考えてんだかわからないんだから」
「かじるスネなんて残ってませんよ」
・川本三郎さんが(前述キネ旬の前号)『歩いても歩いても』にも出てきた蝶々の件(くだり)についても書かれていて、そのシーンの台詞。
「この道歩いてると蝶々がね、あとをつけてくるのよ」
「お父さんかと思った」
「まだ迎えにこないでくださいよね」
・(あー、まだまだたくさんのセリフたち。きりがないのでこれぐらいで。時々、追記して、ずらりと並べるかも)
興信所、所長(リリー・フランキー)が、ポツリと言う台詞
「時代に感謝しないとなぁ、ちっちゃい時代に」
歌謡曲の歌詞から連想されたというタイトル。
いしだあゆみ「ブルーライトヨコハマ」→『歩いても歩いても』
テレサ・テン「別れの予感」→『海よりもまだ深く』

Memo2
いつも印象的に残る食事シーン。
フードスタイリストは飯島奈美さん。
前作『海街diary』がしらすカレー
本作はカレーうどん(母・淑子による隠し味手法も披露!)

Koreeda
広告美術は葛西薫さん。
ちなみに「幻の光」から「花よりもなほ」「歩いても歩いても」は葛西さんによるアートディレクション「そして、父になる」は服部一成さん「空気人形」「海街diary」は森本千絵さんによるもの。

映画『海よりもまだ深く』公式サイト
http://gaga.ne.jp/umiyorimo/



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2016-06-05

タイトルデザイン_45. Blur Studio (End Title Sequence/CLAUS)『デッドプール(Deadpool)』ティム・ミラー監督、ライアン・レイノルズ主演 "緑から赤へ"

デッドプール
Deadpool

監督 : ティム・ミラー
出演 :ライアン・レイノルズ
モリーナ・バッカリン
エド・スクライン、T・J・ミラー
ジーナ・カラーノ
ブリアナ・ヒルデブランド

物語・ウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)は、以前は優秀な特殊部隊の傭兵として活躍していたが、今は悪者を気まぐれに痛めつけては金を稼いでいる。すっかり正義のヒーロー気取りの彼は恋人ヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)との結婚も決まり幸福の絶頂にあったが、いきなり末期ガンだと診断される。とある組織にガンを根治できると聞いたウェイドは、彼らに同行して人体実験を受ける。(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Dp

Dp2

Memo1
オーマイガー!!!
まぁ、こんなヒーローですが何か??と言わんばかりにつっこまれる前に自らツッコむキャラ。
で、よく喋ります。
(観客に向かって、あ、時々ボソッと聞こえない声で毒づく←戦いのラスト、X-MENメンバー、コロッサスとネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッドの前では良い子ちゃんっぽいセリフ、実は…のシーンは笑える)
そして、あまりに多くの小ネタ(元映画に気づかなかったものも多数)は鑑賞後のお楽しみとしても最多部類かも?
字幕版で鑑賞したのだが、吹替版の方がドッカンドッカンウケていたらしく、そのあたり字数の限りの限界か。
(エル・カンセルって、どういう日本語吹き替えになっているのだろうか?)
現在のシークエンスと何故、こうなったのか(デッドプールになってタクシー 笑 で追跡しているのか)を振り返るシーンを交互にミックスした進め方が、ややもたつく感があるが、しばらくするとデップー独り語りのリズムと合ってきて面白い。そしてビックリするようなラヴストーリーとしての着地点に、デップー冒頭から語ってたこと、ホンマや〜(関西弁)と椅子からずり落ちながら、おぉっ!と納得。
「ワム」ではなく「ワム!」
この「!」が大事。
この時の発音によるセリフ回しはオリジナルでも面白い。
(と、いうかライアン・レイノルズ、上手い!)
ヴァネッサがデップーに負けず劣らずの口の悪さでちょっと、今までにないタイプのヒロイン(ヒロインというには語弊があるかもしれにいけれど、ヒーローと呼ぶデップーに対してのヒロイン)。
そして、ふたりが不幸自慢で惹かれあうシーン←この不幸自慢がラストに、もう一度という部分が効いている。
コメディとして傑作!
『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』で既に同役(別人ですが 笑)を演じたライアン・レイノルズが遂に!(その前に『グリーンランタン』があった。からへ補色変身。あまり評価は高くないけれど結構好き。ブレイク・ライブリーも出てるし…と、いうか、ここで緑のランタン灯してハートをゲットした事が最大のラッキーだったのかも)
エンドロールの一番最後にある"お楽しみシーン"のことも、きっちりネタに。
「あれ?まだいたの」
「エンドロールの最後に次回作の予告編があると思ってる」
「待ってもサミュエル・L・ジャクソンがアイパッチして出てこないよ」

Memo2
全国行脚したトラックの上のデップー(或いは雨の中のデップー)に偶然遭遇した際にパチリ。

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Main Titles & Main-on-end Titles Designed by Blur Studio (VFX部分も多数)
とにかく本作のノリを最初から決定づけたオープニングタイトルシーン。
ひとことで言うならばツッコミタイトル。
Art of the Titleよりタイトルデザインメイキングやインタビュー、テストリールなど(動画あり)
http://www.artofthetitle.com/title/deadpool/
可愛らしいエンドタイトルシークエンス
Designer/Illustrator : Justin Claus Harder
CLAUS
http://www.clausstudios.com/

映画『デッドプール』公式サイト
http://www.foxmovies-jp.com/deadpool/


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