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2018-07-09

見えるものと見えないもの『万引き家族(Shoplifters)』是枝裕和監督、リリー・フランキー、安藤サクラ、城桧吏、佐々木みゆ、松岡茉優、樹木希林、他

注・内容、台詞に触れています。
万引き家族
Shoplifters

監督 : 是枝裕和
出演 : リリー・フランキー
安藤サクラ
城桧吏佐々木みゆ
松岡茉優
樹木希林
柄本明、池松壮亮
緒形直人、森口瑤子
山田裕貴、片山萌美
高良健吾、池脇千鶴、他

物語・治(リリー・フランキー)と息子の祥太(城桧吏)は万引きを終えた帰り道で、寒さに震えるじゅり(佐々木みゆ)を見掛け家に連れて帰る。見ず知らずの子供と帰ってきた夫に困惑する信代(安藤サクラ)は、傷だらけの彼女を見て世話をすることにする。信代の妹の亜紀(松岡茉優)を含めた一家は、初枝(樹木希林)の年金を頼りに生活していたが…(物語項、シネマトゥデイより抜粋)

Kore2018

Memo1
見えるものと見えないもの(横尾忠則対談集タイトルにもありました←漢字は「観えるもの」)
また、関西テレビでちょうど再放送中の『ゴーイング マイ ホーム』の中でも「世の中は目にみえるものだけでできているんじゃない」といった台詞があるように是枝監督作品の通底するテーマのひとつと思う。
それは撮さないことでみえてくるもの"いろいろなもの"でもある。
脚本完成前に撮影された海水浴シーン。
樹木希林演じる台詞(聞きとれないつぶやきだが原作では「ありがとうございました」)が既に続くシーンへとつながることも考えられていたのだろうか?
同じくラスト。
初見の時に気づかなかったがバスの中でつぶやいた口元。
原作には「おとうさん…」とはっきりと書かれていて、このあたりの印象が少し変わるのも映像とことばの差異として面白い。
(よく言われる「ことばにならないことば」それこそが目で見ることと文字で読むことの違い。映像は映像を喚起しないが小説は映像を喚起させる。また映像は具体的に発せられていない台詞であってもことばを換気させることがある。そんなことを、ふと思った)
是枝作品が好きなのは、その(小説で言うところの)読後感(それもよい読後感)に似た味わいが残るからなのだろうなぁと改めて思った。
近藤龍人による35mmフィルム撮影。
今までの是枝監督作品とは違った趣きがあり新たな側面。
そして、同じく初の細野晴臣による音楽も。
エンドクレジット、是非最後の1音まで聴いて(見て)ほしい。
あと劇中、ハッとさせられる使い方も。

Memo2
KODAK メールマガジン
撮影 : 近藤龍人 インタビュー
インタビュー中に出てくる、言葉。
フィルムの色は「記憶色」
https://www.kodakjapan.com/motionjp-mag108
日本映画専門チャンネルでメイキング・オブ「万引き家族」を見る。
30分番組だが密度が濃い。顔合わせ、夏編の撮影、書き進められた脚本の読み合わせ、セット美術のこと、カット割りされるかと思われた場面がワンカットで撮られた瞬間、子役への演出、そして安藤サクラから溢れでた感情
IMDbには既にプリプロ中として「The Truth About Catherine」の記載が。
BRUTUSでの監督対談で細野晴臣『銀河鉄道の夜』の音楽が先に仮当てられていた話が。
こちらはhoneyee.comに掲載された対談。
是枝裕和・細野晴臣が語る、パルムドール受賞作『万引き家族』の音楽と創作を続ける理由
http://www.honeyee.com/art-culture/001339
次回作としてIMDbには既にプリプロ中「The Truth About Catherine」の記載が。

Shop

Memo3
端正なパンフレット。
デザインは大島依提亜。
本文44ページ。監督、出演者、撮影監督、細野晴臣さんインタビューやコメント。プロダクションノートとコラムが3本(内田樹、中条省平、坂元裕二の3氏) そして人物相関図と間取図!

(文中敬称略)

『万引き家族』公式サイト
http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/



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2018-07-08

宇多田ヒカル『初恋』と「うたマガ」のこと。

初恋
宇多田ヒカル
とりもなおさず1曲目「Play A Love Song」
なんという素晴らしさ。
CMで聴いた時から「何!?この無敵天才感」と思った「ことばとメロディとリフレインと漂う空気」

Utamaga7

『初恋』アルバム歌詞カードと「うたマガ Vol.7」

Memo
20周年。
スティーブ・ジョブズが帰還したappleから8月に初代iMacがされ「ほぼ日刊イトイ新聞」が6月にスタートした、そんな結構いろいろと符合している年だった、と記憶する1998年。
(前アルバムでデュエットした椎名林檎デビューも同年でした)
前半と後半で趣きが変わる。
(かつてのアナログだとA面とB面でさらにはっきりとわかるのでしょうね)
(もしかすると、インタビューや他の方のレビューなどで言及されているかもしれませんが)クリストファー・ノーラン監督『インターステラー』を想起。
それはストリングスアレンジのせいなのか歌詞なのか。

「うたマガ」
映画や音楽に関するチラシを収納した(とは言わないか…)ダンボールの中におそらく最初からの「うたマガ」があると思うけれどそれはまた別の機会に。
フォーマットは変わっていなくて手描きタイトル文字、ムズムズ通信、肝臓先生(今回1ページ?)
まあ、しかし今号は20周年ということもあってか16Pだての豪華(基本8Pだったと記憶)
その「うたマガ」宇多田ヒカルインタビュー中で語られていた印象的なことば『作詞って釣りに似ていて「来た!」と思った瞬間を逃さず釣り上げるしか他にないんですよね。』
まさに本作における数々の詞の世界はこの向こう側から出現したことばに彩られているのだなぁ、と思わせてくれるひとこと。

宇多田ヒカルオフィシャルサイト
http://www.utadahikaru.jp/

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