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2021-10-27

『ひらいて』首藤凛監督、綿矢りさ原作、山田杏奈、作間龍斗、芋生悠、他

ひらいて

監督 : 首藤凛
原作 : 綿矢りさ
出演 :
山田杏奈
作間龍斗
芋生悠
山本浩司
河井青葉
木下あかり
板谷由夏
田中美佐子
萩原聖人、他


Hiraite1


Memo1
今年ベスト級の素晴らしさ。
着地点が見えないまま見続ける3人の関係性の行方。
ラスト、おぉっとなって大森靖子主題歌。完璧。
編集がいいなぁ、と思っていたら監督自身でした。
各ショットの長さ、切り返し。
よいわー。
演者のパワーもそのまま映画のエネルギーとなっている。
たとえの作間龍斗(ジャニーズJr. HiHi Jets)。
よく芸能人が「"オーラを消して"普通にコンビニとか行くよ」と話してる、オーラを消して目立たないように振る舞うが、勉強を教えてもらう同級生らが結構いるし浮いたところもない絶妙感。そして謎の部分。
美雪を演じた芋生悠。声が印象的。
だからこそのモノローグ、ボイスオーバーだと思う。
どこかへ飛んで行ってしまいそうなストーリー展開の熱を冷ます上でも、この声ということは重要。表情がよい。
もしかすると大ベテランと呼べるぐらいに出演作多数の愛役、山田杏奈。推薦楽勝で大学へも行ける成績。学園祭の実行委員もやり、母親との関係性も淡々としているがギクシャクはない。しかし密かに自分だけが、見つけたと思っている、たとえに彼女がいることを知ってしまってからの逸脱。

Hira1

綿矢りさがインタビューで「どうしてこういう設定の物語を描こうと?」の問いに「書きたいと思った瞬間から書いてたような気がします。」
他人、自分以外の人のことを100%理解することなんて不可能なわけで、そう言った意味でも愛の途中から何をやっているのか、何をやりたいのか、わからない暴走モードは凄すぎる。(おそらくは本人も更には演じた山田杏奈にも)
強烈な衝動と"もやもや"の振幅。
そしてディティール。
ヘアアイロンのカットで「こういう描写、映画で初めて見たかも」と思っていたらキネ旬、首藤凛監督へのインタビューで、そのことについて答えていました。
(さらに細かいです)。
パッツンきっちりヘアスタイルや整頓された部屋もぐちゃぐちゃに。
それと爪も。
最初はネイルケアも行い、整っていたのが、たとえが誰か他に好きな人がいることがわかってから徐々にボロボロになっていく。
「爪は、お母さんそっくりね」
(全く気づかない母)


Hira2

美雪が漫画雑誌を読んでいる。
愛が「最近、何か面白いのある?」って聞いて答えた漫画タイトルが『チェンソーマン』
「えっ、それって、どんな話」
「悪魔がね…って、悪魔ってわかる」
奇妙な最初の会話(噛み合いそうもない)から、カラオケボックスでの(見ているこちらが気まずい空気という不思議感覚)近づいていく距離。
(それぞれの選曲、あいみょんとジュディマリ)
そして、美雪がたとえとつきあってることを知ってからの暴走する感情。
ここが意見が分かれるところかもしれない、愛と美雪の関係。
(実はお互いに、ないものの輪郭が見え始めるラブシーン、ベッドシーン)
もはや何をやっているのか自分でもわからなくなっている愛。
たとえの父親が暴力を振るっていて、たとえの身を案じバスでたとえ宅へ向かう美雪。
偶然、遭遇してついていく愛。
美雪の隣に座っている。
「愛ちゃん、何しに行くの?」
(いやいやいやいや、見ているこちらも聞きたいです)
もう、この辺りでは全く意味不明となっている。
それにしても蒲鉾親父(たとえの父)
身勝手気味に相手のことを考えず突き進む、愛の反転姿として描かれているとしても、さらに空気読めなさすぎの蒲鉾話し(怖いわ..)
最初、もこもこヘアスタイルで演じているのが、誰かわからなかった荻原聖人。
「CURE」想起の気味悪さ(かまぼこを切る包丁が…)
パンチ一発、キック一発。
3人それぞれの欠けていたもののパズルが少し埋まり前へと進む。
(愛はたとえと美雪に、たとえは愛に、それぞれかなりきついことを言ってきたのだが、一番傷ついているはずの美雪が綴った、この手紙には心震えた)




「およそ忍耐力など持ち合わせていない人が、たとえ打算であっても私の前で辛抱強くふるまい続けたのなら、ほんのひとときでも、心を開いてくれたのなら、私はその瞬間を忘れることができません。」





Hira3

Memo2
パンフレット。
24ページ/A4変型
出演者インタビュー
監督インタビュー
原作・綿矢りさインタビュー
プロダクションノート

Hiraite

『週刊文春 CINEMA!2021秋号』
期待の監督10人。
首藤凛監督の勢いある文章が他の方と一線を画していて面白い。高校の文化祭で作った映画の話し(他人の20分を奪ったクソみたいな映画に対しての作る事の怖さ)が、そのまま"映画"みたいだ。この熱度が『ひらいて』を生み出したことがわかる。(実際、この年の冬に「ひらいて」に出会っている)
岩永洋さんによる撮影
『ひらいて』『サマーフィルムにのって』『街の上で』と話題作が続く。それぞれの作品によって違う味わいを見せる。
ほぼ、順撮りだということも功を奏している。
余談 >>>
劇場のロビーが高校の廊下みたいになってた。


(文中敬称略)








※密かに補足
Memo2の最後の部分。
バスで愛と美雪が、たとえの家へ行くシーンは原作とは順番が違います。映画ではラスト近くとなる美雪からの手紙「〜私は私はその瞬間を忘れることができません。」を受け取って、愛の家へ行ったタイミングで向かうので「何しに行くの?」にはならず二人、わかった上での行動です。そのあとの、たとえの父親が「女ふたりに助けられて、情けない」からのパンチ一発は原作と同じです。
本作、すごくよくできているのは原作を先に読んでいても受け取る印象が変わらないところ。逆に本作を見て、原作を読んでみることも、また自分なりの広がりが持てて豊かさの増幅が得られるのでは?などと思っています。







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2021-10-24

『DUNE/デューン 砂の惑星(DUNE: PART ONE)』ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ、レベッカ・ファーガソン、オスカー・アイザック、ゼンデイヤ、他

デューン 砂の惑星
DUNE: PART ONE

監督 : ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演 : ティモシー・シャラメ
レベッカ・ファーガソン
オスカー・アイザック
ジョシュ・ブローリン
ステラン・スカルスガルド
ジェイソン・モモア
ハビエル・バルデム
ゼンデイヤ、他


Dune001




Dreams are messages from the deep.




Memo1
キャスティングが素晴らしい。
予備知識を入れずに見たので「エッ?!この人がこの役を」と驚くことしきり。
(特にシャーロット・ランプリング)
冒頭、眠くなるかなぁと思って見ていたドラマ部分の丁寧さは、むしろ好感。
このテイストのまま完結してほしい。
予定されている3部作+女性だけの組織ベネ・ゲセリットの事を描くドラマシリーズ。(まさに後述、女性側のストーリー)
いわゆる、英雄・貴種流離譚。
ティモシー・シャラメ演じる主人公、ポール・アトレイデス。
登場した時のシルエットの細さがプリンスであり、のち(PART TWO)に展開される砂漠の民フレメンのリーダーたる姿への変容を考えても、よい配役。
随分、昔に原作読んだので忘れてたけど惑星生態学者カインズ博士が女性に変更されていた。
母、教母、博士、フレメンのチャニ。
インタビューでも「女性側のストーリーを語るんだ」と答えている通り、やはりヴィルヌーヴの作家性が滲み出た作品となっている。
特に母、ジェシカのポールに対する視線は独特だ(続きで何か原作と変えるかも?)
『アラビアのロレンス(Lawrence of Arabia)』との類似。
(これは他作品含め監督自身も発言している)
「砂漠では2種類の生き物しか楽しめない。ベドウィンと神々だ」
ドライデン顧問(クロード・レインズ)の台詞。
デューンでのフレメンはまさにベドウィンだ。
アカバ攻略の際の死の砂漠横断とアラキス山脈へ抜けるために越える砂嵐(コリオリの嵐)やロレンスが初めて人を殺すことになるガシムとの件(くだり)と「今まで、誰も殺していない」と言うポールが挑まれる決闘。それによって部族に受け入れられる展開。

ラスト、サンドワームを乗りこなしているフレメンの姿を横目に移動を開始するポール、ジェシカとフレメンたち。チャニ(ゼンデイヤ)の台詞にあるとおり「始まったばかり

Dune002

Memo2
タイトルデザイン > PRODIGAL PICTURES / DANNY YOUNT
(現時点でタイトル動画なし。以前、手がけたブレードランナー2049 スタジオロゴなど有り
https://prodigalpictures.com/work/
Crafting Music & Creating the World of Arrakis in Dune | Discover it in Dolby Cinema
3分45秒あたりからサンドワーム出現シーン
https://www.youtube.com/watch?v=od0w9OhvFI0
(一度、アナログ化) ノーラン監督が行っているフィルム撮影ではなく、この工程で行われている。
→Alexa IMAXカメラによるデジタル撮影→編集→ポスプロでデジタル映像をフィルム撮影→ネガを作成→そのネガをスキャンし直してデジタル形式に戻す。
ICGMagazine October 2021 Digital Edition
32P-49Pにわたって『DUNE』特集。
(無料で閲覧できます)
https://www.icgmagazine.com/web/october-2021-digital-edition/
オーニソプター(Ornithopter)の図面、出ていないかと検索するも今のところなし。
7人乗りと2人乗りでデザインが違うのもよい。(実際、この実物サイズを製作したらしいオーニソプターを見られただけで入場料の元は取った、と思ったぐらい。まあ見た感じがアレとかアレに似てるという指摘も多々ありそうだけれど、インダストリアルデザインとして実物が作れるぐらいに細部が美しい)
あのロケ地はどこ?
Where was Dune filmed? Guide to All the Filming Locations
(アトレイデス家の拠点、惑星カラダン > ノルウェーのKinn (island) 大きな二股の岩、など対比して掲載)
https://www.atlasofwonders.com/2021/10/where-was-dune-filmed.html

余談 >>>
ティモシー・シャラメが昨年8月の追加撮影の時にオスカー・アイザックらと『狼たちの午後』を一緒に観た話、好き。

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Memo3
『DUNE/デューン 砂の惑星』
パンフレット
「ブレードランナー2049」と同一判型/40P
人物相関図、キーワード、監督&ティモシー・シャラメ/クロストーク、キャストインタビュー。DUNE HISTORY、批評、コラム、プロダクションノート、など。

Dune

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デイヴィッド・リンチ監督『砂の惑星(Dune)』(1984年)
タイトルデザイン
(Title Lettering by : Robert Schaefer /Titles by : Title House)

Dune1984

4:3アスペクトのアラン・スミシー版『デューン/砂の惑星』(2枚組)引っ張り出してきて見てみた。プロローグ。6041年皇帝支配が始まる以前のことが紙芝居で語られる。本編始まってもナレーションでつないでダイジェスト、見てるみたい。(でも予習、復習には最適かも??)いわゆるデイヴィッド・リンチ監督版を189分のテレビ放映用に再編集したもの。トラブルからアラン・スミシー名義に。


これはSF大作ではない。どちらかというとアートフィルムだと思う。そう言った意味でもヨハン・ヨハンソンの不在は大きい。おそらくワーナー側の思惑からのハンス・ジマーでは?とも思ってしまう。鳴りすぎ感は否めない。ピッタリの楽曲も多いので、その点残念。大振りな構図とミニマムさの狭間がヴィルヌーヴ監督の持ち味。
ワーナー側が(うっすら)発言している通り「パッケージとしてのデューン」の価値がポイント。なのでHBO Maxで製作されると思われるドラマシリーズは、ヴィルヌーヴ監督はショーランナーだけを務めてアクションやドラマツルギーに長けた別監督が起用され、アートフィルムDUNE: PART TWOと合わせて世界観が増幅されるのでは?と、勝手に推測・夢想する。




 













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2021-10-21

『最後の決闘裁判(The Last Duel)』リドリー・スコット監督、マット・デイモン、アダム・ドライバー、ジョディ・カマー、ベン・アフレック、他

最後の決闘裁判
The Last Duel

監督 : リドリースコット
脚本 : ニコール・ホロフセナー
ベン・アフレック
マット・デイモン
出演 : マット・デイモン
アダム・ドライバー
ジョディ・カマー
ベン・アフレック

Duel

Memo1
各章タイトルカードの出し方(見せ方)が(ある意味)答え。
(10月16日にtwitterへの短評ポストに掲載)
しかも「羅生門」的骨格を利用した「藪の中」ではない現代に問う物語。
巧妙に編まれた脚本。
完璧なキャスティング。
とりわけマルグリットを演じたジョディ・カマーが素晴らしい。
各章、自分の証言部分含め表情、台詞の言い回し、立ち位置、レイプシーンでのル・グリが押し入ってからの明らかに違う動線(2章、3章)を全てを演じ分けている。
冒頭、手伝ってもらいながら着替えているマルグリット。
観客はここでは何が描かれているのかが、わからない。
連れられて台上にあげられる。
そこで初めてタイトルの決闘裁判が行われる場所だということが判明し各章へと移る。
導入部分として凄い。
さらに各章の時間配分がダレることがないようにスピードが上がっていく構成も見事だ。
ジョディ・カマー次回作は再びリドリー・スコット監督。
アナウンスされているリドリースコット監督5本の予定作中の1本、ホアキン・フェニックスがナポレオンを演じる『Kitbag』と、いうことはジョゼフィーヌ役(これは、見たい)
先に記したタイトルカード(第1章、第2章、とそれぞれの物語、或いは言い分。第3章のみ「真実」が画面上に残り、ある意味これが「本当の証言」と強調している。)
ネタバレとは言わないが、見る人それぞれの「発見」の楽しみを奪うかもしれないので鉤括弧付きで(ある意味)と書いたのは本作が「真実」を追求する物語ではないからだ。
暴行は行われたし、3人の人物像もそのままだと思う。
今も変わらぬ男性社会、家父長制に対してのあえて声高ではないように編まれた、しかし確実に心に残る、突き刺さるメッセージ。
当時(14世紀)は、というより夫であるジャン・ド・カルージュの妻、女性に対しての「モノ・所有物」扱いも酷い。勝者となったのち「まるで見世物のように」マルグリットの手を挙げ群衆に晒し者のように引き廻すのだから…
(同じように友人や周囲の人々の裏切り、陰口、事勿れ主義も)

疑問 : ジャン・ド・カルージュの母親がマルグリットをひとりだけ置いて出かけたのは、何か理由があったのか?(ただの嫌がらせだとは思うけれど、ついつい、ル・グリとグル?申し合わせ?とか思ってしまう)
(参考原作、未読なのでこの辺りが書かれているかは不明。見当違い甚だしいかも、です)

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(下記、キネ旬記事より)
1幕と2幕をマット・デイモンとベン・アフレック、3幕を女性の観点からということでニコール・ホロフセナー、と分けて書かれたことも成功の要因だろうなぁ。
それにしても脚本、6週間で書き上げたとは。
キネ旬11月上旬特別号にリドリー・スコット×ジョディ・カマー、ニコール・ホロフセナー×マット・デイモン×ベン・アフレック 脚本家インタビューと作品評(大森さわこ)
パンフレットがないだけに貴重。(敬称略)
このインタビューの締めくくりのベンアフレックの言葉。
「3幕とも描かれているのは明らかにレイプなんだ。何が違うかというとル・グリに取っては、それがレイプだという認識がない、ということ〜中略〜これは反騎士道的な物語なんだ。」

Memo2
タイトルデザイン(Main & End titles)は Matt Curtis
音楽のハリー・グレッグソン=ウィリアムズ。あまり聞き覚えがないので調べてみると「メタルギアソリッド」シリーズへの共同参加。リドリー・スコット監督とは「プロメテウス」「オデッセイ」ベン・アフレックの監督作品「ザ・タウン」「夜に生きる」も。
『プロメテウス』から次回作『ハウス・オブ・グッチ』まで全てダリウス・ウォルスキーによる撮影。リドリー・スコット監督は決まった撮影監督を得たことによってイメージにあったシーンを作れるようになったのかも。
(本作からの初4K撮影着手も)
「ここは広角で」「ダイナミックさが肝心」指示を出し、マーカーで絵コンテを描くリドリー・スコット監督。
メイキング映像。
https://www.youtube.com/watch?v=ckAWcnthAnE






 

 



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2021-10-18

『草の響き』斎藤久志監督、佐藤泰志原作、東出昌大、奈緒、大東駿介、他

草の響き

監督 : 斎藤久志
原作 : 佐藤泰志
(『きみの鳥はうたえる』所収)
出演 : 東出昌大
奈緒
大東駿介
Kaya
林裕太
三根有葵
利重剛
クノ真季子
室井滋

Kusa3

Memo1
東京が舞台だった佐藤泰志原作を函館ロケに。
それが功を奏している。
作者の実体験が投影された本作において見晴らしの良い公園の土手やベイエリアを走る主人公・工藤和雄(東出昌大)の姿は鮮やかだ。ただ、それも走っていなければならない理由があるのだが。
脚色された点で一番、大きいのは和雄の妻・純子(奈緒)の存在。その事によって親友、佐久間研二(大東俊介)以外の第三者視点が増えた。それと下の世代である彰(Kaya)ら3人との対比も。原作は1979年発表。そういえば(随分以前ですが)読んだ原作、フリスビーとか出てた(そもそも彰は暴走族だったし)。
斎藤久志監督と脚本の加瀬仁美さんが夫婦だったことは、後で知りました(しかも発注時に妊娠されていたことも)。
それだけに本作の物語の運びや、気配、トーンに驚く。
物語の軸は和雄、純子、研二(病院に連れて行くことになる終盤のシーンは凄い)と彰、弘斗(林裕太)、その弘斗の妹・恵美(三根有葵)。運動療法としてランニングをする和雄にいつの間にか彰が並走して付いてくる。(そしてへばりながら弘斗も)。この走るシーンの繋がりが実に上手い描き方だ。見ている側としては「あぁ、これで良くなっていくのかなぁ」と思わせられる。しかし、そうならないのが人の心、精神の見えにくさである。結果、ふたりとも選ぶ道が同じである点も。(結末は違うが)

和雄の治療療養のため、地元である東京を離れ全く友だちも知り合いもいない函館に引っ越した上、淡々と家事をこなしケーブルカーの案内の仕事も行う純子。全く気遣いの無い和雄に対して、その感情のわかりにくさが、ややもするともどかしい。そんな純子が感情を露わにするのが妊娠を告げた時だ。「自分だけ傷ついたような言い方しないでよ」
ふたりはどうやって知り合ったのだ?
(同じ出版社で知り合って結婚したことがラスト近くの台詞でわかる)
「何も言わず、すっと荷物を持ってくれて、後ろ姿見て、あー、わたし、この人のこと好きだなって思って」
「ちょろいかな」
「ちょろいよ」
冒頭、ふたりの会話。
「今日、車運転していると目の前をキタキツネが横切ったんだよ」
「この辺りではキタキツネ、出ないよ」
「えー、そうかなぁ」
ラスト、和雄の自殺未遂、産まれてくる子供のこともあるのだろう、函館の家を引き払い実家に戻る純子。車を運転していて、ふと止まる。キタキツネだ。
(このシーンの感情を表し演じた、奈緒が印象的)
ここで和雄が病院から電話をかけているのだが留守電になっていて会話で終わらないところが素晴らしく良い。どうなるかはわからない。そして、和雄は病院の窓から逃げ出し、走り出す。

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Memo2
「草の響き」函館ロケ地マップ
(A4判、両面カラー印刷、三つ折り)
PDFダウンロード リンクあり
https://www.hakobura.jp/info/news/12041.html
パンフレット。28P
監督(斎藤久志)、脚本(加瀬仁美)インタビュー。
批評 (福間健二、小柳帝、篠儀直子、中澤雄大)
ロケ地マップ。
センターの意図的に選ばれた写真。
本編を見た後、なるほどと唸った配置。
工藤和雄(東出昌大)と和子(奈緒)がページの裏表にカラーで。

(文中敬称略)
Kusa1









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2021-10-07

『先生、私の隣に座っていただけませんか?』堀江貴大監督、黒木華、柄本佑、金子大地、奈緒、風吹ジュン、他

先生、私の隣に座っていただけませんか?

監督 : 堀江貴大
出演 : 黒木華
柄本佑
金子大地
奈緒
風吹ジュン、他

Sensei1

Memo1
これはまさに快作。
ほぼ2時間、気がつけば(主要)登場人物が5人だけ。
あれれ?どうなるの?と、思ったままに物語の船に乗る。
楽しめた。
佐和子(黒木華)の路上教習を俊夫(柄本佑)が車で追いかける場面。
監督はダラダラしたチェイスシーンを撮りたくてヒッチコック監督『めまい』を意識したとパンフレットに出ていた。
なるほど、そう考えると該当シーン、他、いろいろと面白い。
疑心の物語でもあるし。
佐和子の母(風吹ジュン)も、ふたりが実家に帰ってきてから(うっすら)気づいているし(気にかけている)、わかっていないのは俊夫だけ。
不倫相手の佐和子の担当編集者、桜田千佳(奈緒)もバレそうな(バレている)感じを楽しんでいる節さえある。この辺り「あ〜あ」自業自得とはいえ、見ていて思わず笑ってしまう。
さて、話が進んで佐和子の方も教習所・教官、新谷(金子大地)が「隣の席」に座り、ハンドルとアクセルを踏んで一歩踏み出す勇気をあたえてくれる。王子様登場である。この2カップルスタイルは艶話的に寄せてスクリューボールコメディになりそうですが、そこを変速復讐譚にしているところも快作たる所以。(何を考えているのか解りにくい佐和子が最後の最後にビンタといったところも)
実写パートと漫画パートのバランスの面白さ。(劇中漫画はアラタアキ、鳥飼茜)
(ちょっと粗探しのような感想を見たので→)ネームにいきなりペン入れはないとは思うけれど、物語進行上のことば選びとしては、これでOKだと思う。
ラスト。
俊夫のひと言がシナリオだと「嘘」だけど「うっそぉ〜」になっていて言い回し含め、幕引きとしてピッタリ。
そして思い出しましょう。
本作のタイトルは『先生、私の隣に座っていただけませんか?』

Sensei2

Memo2
パンフレット。
表紙がそれぞれ佐和子と俊夫に分かれている。
さらに、それぞれにイントロダクションと物語が別々に組まれた構成。
組版も佐和子は横組み、俊夫は縦組み。
対談、コラム、キャスト・スタッフプロフィールなど。
音楽は渡邊琢磨。
なんと!今年公開3作品目(あのこは貴族、いとみち)
佐和子の実家。
セットの間取りとインテリアなどが写真入りで詳細に。
俊夫(柄本佑)が持ち込んだ亀も。
洋風のお屋敷 | CINEmadori シネマドリ |
映画と間取りの素敵なつながり
https://www.athome.co.jp/cinemadori/10275/



 

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写真メモ『ザ・フィンランドデザイン展』兵庫陶芸美術館

ザ・フィンランドデザイン展
兵庫陶芸美術館
2021年9月11日〜11月28日

丹波焼の里に2005年、オープンした兵庫陶芸美術館。
道路の西側に多くの窯が並ぶ。

へルシンキ市立美術館(HAM)監修のもと、マリメッコやフィンレイソンのテキスタイル、カイ・フランクのガラス工芸の他、陶磁器や家具など約250点の作品と約80点の関係資料を展示。
巡回展。(既に会期終了となっている鳥取、北九州に続いて12月7日から東京・Bunkamura ザ・ミュージアム)

To1
美術館への目印

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な、何かが?!
To4
エントランス
(この横に入場券売り場があり、そこからエレベーターで階上へ)

To2
To5
展覧会入り口(撮影可能エリア)

To8
展示棟への渡り廊下
To3
展覧会場はBF 1F 2Fの3エリア
エレベーターで移動できるが横の階段の採光が良く、歩いて降りていくのもオススメ。
なんといっても「インターステラー」的。

To10
庭園にも陶器がいっぱい。
To7
茶室もある(要予約制)

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展望エリア


To11
近くにある丹波焼最古の登り窯
1895年(明治28年) 現在も使用されている。


兵庫陶芸美術館
https://www.mcart.jp/

ザ・フィンランドデザイン展
Bunkamura ザ・ミュージアム
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/21_Finland/


 

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2021-10-02

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(No Time to Die)』キャリー・ジョージ・フクナガ監督、ダニエル・クレイグ、レア・セドゥ、ベン・ウィショー、アナ・デ・アルマス、ラミ・マレック、レイフ・ファインズ、他

007/ノー・タイム・トゥ・ダイ
007/No Time to Die

監督 : キャリー・ジョージ・フクナガ
出演 : 
ダニエル・クレイグ
ラミ・マレック
レア・セドゥ
ラシャーナ・リンチ
ベン・ウィショー
アナ・デ・アルマス
ナオミ・ハリス
ジェフリー・ライト
クリストフ・ヴァルツ
レイフ・ファインズ


007_1_20211002021501

Memo1
最後のダニエル・クレイグによるジェーム・ズボンド。
今までシリーズとして演じるものが変わっても決して死ぬことはなかったボンドの死。(原作小説で行方不明のまま、のような記載もあったが)
全体を覆ったテーマ。
台詞でも出てくる。
「後ろを気にしている」
「過去に追われている」
長いアヴァン。
マドレーヌとのイタリア、マテーラでの蜜月とヴェスパーへの別れ。爆発。
「過去からは逃れられない」

新しい007となったノーミと「この台詞」
「00…?」
(エージェントNoを聞くボンド)
「007」
「永久欠番だと思ってた?」
「ただの数字だ」
アナ・デ・アルマス演じる新米CIAエージェント、パロマ。
飲んで撃ちまくり蹴りまくる暴れっぷりが楽しい。
おっ?!今回はこの「陽」の展開で、と期待していたら標的であるロシア科学者オブルチェフ救出し終えたらジャマイカ・キューバシークエンスは終わり。
「私はここまで」
ドアをバタンと閉めたら本当に終わった。
確実に必要な技術でボンドとMI6をサポートし続ける「Q」例によって巻き込まれつつ「しようがないなぁ」と楽しんでいるように見えるベン・ウィショーは最高だ。
(パロマの「新米はつらいよ・エージェントパロマの長い1日」みたいなスピンオフも有りだが「Q」も面白いスピンオフ、可能なのでは?)
いろいろラストだがジェフリー・ライトが演じてきたCIA局員フェリックス・ライター。(カジノロワイヤルから本作まで)とも本作でお別れ。シガーのことも描かれる。(亡くなることが判っていたら…もう一回、ジャマイカでのやり取り見る)
ボンドがイタリアで襲われたのはマドレーヌの裏切りと勘違いしての、列車での別れ。マドレーヌがそっとお腹をおさえるシーンがあったので、もしや?と思ったら、その通りの展開だった。
やはりヴィランが弱い。
これは007シリーズ、いつものことのように思う。スペクターと本作でのブロフェルド、サフィン。「スペクター」の時も思ったがシルエットで浮かんだブロフェルドの小物感は「う〜ん」と首を捻ったし、サフィンは能面を付けた異形感からか、まだマシな気もした。あと、マドレーヌを助けたこととマドレーヌの娘をあっさり逃したことの心境繋がりがもう少し判りやすければ、とも。

人間味溢れるボンドを描いてきたクレイグ版。
ファミリーを手に入れる。
(朝食の林檎をむく場面。あとで思うと最後の家族が揃ったシーン)
そして、ラストでは死。
過去作からすると「禁じ手」とも言える全てを包み込んで終幕。
これは「イアン・フレミング原作、ダニエル・クレイグによるジェームズ・ボンド」5作品の完結であって、エンドクレジット後に出る「ジェームズ・ボンドは帰ってくる」がシリーズの立ち位置だと思う。
ジェイソン・ボーンやミッション・インポッシブルがシリーズで上映されている時代のボンド。
いつの時代も、その時々の時流(カンフーとか宇宙とかネーミングとか)や社会背景を飲み込んで映画化されてきていることを思うと至極まっとうな有り様だったと思う。
ひとつのシリーズとして完璧なエンディング。


ナノボットは実際にガン治療などへの期待が寄せられている合成テクノロジー技術。分子・原子・DNAレベルでの物質再構築が可能。これは、言うならば「何でもつくれる」ことになったと言える究極の技術。故に本作のように究極の兵器に転用されてしまうこともあり得る。それによって、ラスト。ボンドはサフィンが「これはマドレーヌへの保険」と手にしていたキーホルダーに仕込まれたナノボットの液体を格闘の最中、割って体に浴びてしまうこととなる。
確かに、二度とマドレーヌと娘に合わなければ彼女へナノボット液体は転写されないが、それより選んだ道は全てを終わらせること。地球上に、この兵器を残さないこと。そしてマドレーヌと自分の娘に”過去から追われること”がないように、と。

「ブルーの瞳よ」
「知ってる」



007_2

Memo2
爆発で耳がキーン。
これは音に対して。一瞬、衝撃で聞こえなくなりボンドの声もくぐもって聴こえる効果。
Dolby Atmos、綺麗に分離して聴こえた。
これ、フォーマットによっていろいろ変わるのかなぁ。
(『ソーシャルネットワーク』クラブシーンで大きく唸る音楽とテーブルで交わす会話がはっきり聴こえた分離以来かも)
タイトルデザインはダニエル・クライマン(Daniel Kleinman)
007初期作品から有名なタイトルシークエンスを創り上げてきたソール・バスと列ぶ大御所、モーリス・ビンダーから引き継いだシリーズも本作で8作品目。
こちらはRATTLING STICK.スタジオサイト。
前作「スペクター」までのタイトルシークエンス動画あり(その他作品含む)
https://www.rattlingstick.com/film-tv/


追記 : キャリー・ジョージ・フクナガってエマ・ストーン、ジョナ・ヒル『マニアック』 の監督って、今気づいた。
21世紀の「カッコーの巣の上で」みたいで瞑想しながら迷走しててよかったけどなぁ。本作のちょっとバラけた感じは、ここからかも。







 

 

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